夏の訪れを告げる、ジューシーで甘い桃。誰もが大好きな果物ですよね。
私も桃は大好きです。
ちょっとかためな「あさつき」や「川中島白桃」、やわらかい「白鳳系」、みずみずしい黄桃など、生でいただくのも良いですし、桃サワーや桃ジュースなどに加工したジュース系は、とろっとしたのどごしと香りがたまりません。
実は、あの中国の美人、楊貴妃も美容のために桃を好んで食べていました。
そんなコロンとしたかわいらしい形と柔らかい色をもつ桃ですが、実はその裏には驚くべき生存戦略を隠しています。
ここでは、そんなしたたかな桃の戦略を徹底解説します。

桃は中国が原産国
桃は中国で生まれ縄文時代には日本に持ち込まれています。
その美しい花や神聖な実は、古くから親しまれ「古事記」や「日本書紀」にもその名がみられます。
日本に桃が持ち込まれた初期の桃は、果肉が少なく、食べるところがほとんどありませんでした。そのため桃は食べるためではなく、主に薬として、また花を観賞するため持ち込まれたと考えられています。
現在のようなみずみずしい果物に改良されたのは日本では江戸時代後期です。
今では世界各地で品種改良され、特に中国やイタリアでよく栽培されており、食用以外にも観賞用としても人気があります。

桃は薬として輸入した
お話ししたように、桃はもともと日本には生えてはいませんでした。
縄文時代前の遺跡からは桃の種が見つかっていないからです。
けれど、縄文時代以降になると急に山梨、岡山や長崎の遺跡から、故人の副葬品として桃の種がたくさんでてきます。このことから、桃は当時盛んに栽培され始めていた中国から持ち込まれたと考えられています。
中国で見つかっている原種の桃は、果肉がほとんどなく食べられる部分がありませんでした。桃は食用としてではなく、邪気を祓い、鬼神を遠ざけると考えられ祭祀によく使われていたのです。そのため日本でも桃は長い間食用ではなく、呪術的で神聖なものとして扱われていました。
桃栽培の歴史年表:甘美な果実の旅路と日本での発展 | ドラゴン農園
南アルプス市ふるさとメール: 山梨最古の桃とブドウは南アルプス市から~遺跡から見つかる果実~
韮高SSHだより

桃の毒 アミグダリンとは
そもそもなぜ桃は、薬として珍重されたのでしょうか?
実は桃の木には、「アミグダリン」と呼ばれるシアン化合物の一種が含まれています。アミグダリンには毒性がありませんが、桃の種子内に存在するエムルシンという酵素や、動物の腸内細菌が持つ酵素(β-グルコシダーゼなど)によってアミグダリンが分解されると、有毒なシアン化水素が発生します。このシアン化水素は非常に強い毒性を持ち、摂取すると細胞の呼吸を妨げ、中毒症状を引き起こします。
桃の種、または葉や根に、この「アミグダリン」が含まれています。
もちろん桃の果肉部分にはほとんどアミグダリンが含まれていないため、普通に桃を食べる分には問題ありません。
ただし、小さなお子様の場合は、念のために種を取り除いてあげることをおすすめします。お子様は体格が小さく、大人よりも少量のアミグダリンで影響を受けてしまう可能性があるからです。
漢方薬:アミグダリン
桃の種に含まれる「アミグダリン」は、その毒性を利用して漢方薬に利用されています。
漢方薬では「アミグダリン」を、他の生薬と組み合わせて調合して、毒性を抑えつつ薬効を発揮するように工夫されています。
漢方薬の世界では、桃の種を「桃仁(とうにん)」と呼び、不老不死や長寿の薬として珍重されていますし、花や葉も薬として様々な形で利用されています。
漢方薬の利用方法
- 種子「桃仁(とうにん)」漢方薬として使われています
- 咳止めや鎮痛効果があり、喘息や気管支炎などの症状の緩和します。
- 血行促進効果もあり、冷え性やむくみを改善したり腰痛や関節痛を改善できます。
- 便秘解消効果があり、痔核の改善ができます。
- 葉「桃葉湯(とうよう)」漢方薬として使われています
- 利尿作用があり、むくみや高血圧の改善
- 下痢や胃腸炎などの症状の緩和
- 花「桃花(とうか)」漢方薬として使われています。
- 血行促進効果があり、冷え性やむくみの改善
- 美肌効果やアンチエイジング効果も期待できると言われています。
注意点
上記はあくまでも一般的な情報であり、個人の体質や体調によって効果や副作用は異なります。桃の種や花には毒性があるため、用法用量を守って使用してください。服薬中の方は、医師に相談してから桃の薬効を利用するようにしてください。
また専門家の指導のもと、適切な量を服用すれば安全に利用できますが、自己判断で桃の種をそのまま摂取することは絶対に避けてください。
桃仁(とうにん) | 成分情報 | わかさの秘密
モモ | 熊本大学薬学部薬用植物園 薬草データベース

桃の生存戦略と毒
桃には種だけではなく、根にも「アミグダリン」が含まれています。
なぜ、桃の木は果実だけではなく、花や葉、根にまで毒をもっているのでしょうか?
それは動けない植物ならではの生存戦略なのです。
- 害虫や動物から身を守る
アミグダリンは、昆虫や動物が桃を食べることで分解され、シアン化水素という強い毒に変わります。シアン化水素は、呼吸や細胞のエネルギー代謝を阻害し、昆虫や小動物に嫌な思いをさせ、次に食べるのを思いとどまらせることができます。
特に、根に毒を持てば、他の植物の成長を阻害することができます。
つまり、桃の木が根を張っているところに毒があることで、周囲の草花が生えにくくなり競争相手を排除できます。(植物たちは常に日の光を求めて競争しています)
ちなみに、根に毒のある植物は他にもアジサイやレンゲツツジ、アセビ、ユーカリなどがあり、これらの樹のまわりには他の植物が生えにくくなります。 - 種子散布を助ける
桃の種子には、アミグダリンがより高濃度に含まれています。
これは、動物が桃の果実を丸ごと食べ、遠くまで運ぶことで種子散布を助けるためと考えられています。
動物が桃の果実を丸ごと食べると、動物たちはアミグダリンによる中毒症状を起こさずに移動しつつ消化され、途中で糞と一緒に排出されます。そして、その糞から種子が発芽し、新しい桃の木が育つのです。
このように、桃の木のもつ毒は、害虫や動物から身を守り、種子散布を助ける飛び道具の一部なのです。

桃と楊貴妃の美貌
種や葉に毒を持つ桃ですが、果肉部分には毒はないので安心して召し上がってください。果肉は種をあちこちに運んでもらうために甘くおいしくなっています。
ところで、みなさんは中国の美女「楊貴妃」が、美容のために桃を好んで食べていたという話はご存じでしょうか?
楊貴妃はライチやリンゴ、桃などの果物がとても好きで庭に果樹園をつくり食べていました。桃に含まれる美容成分がきっと楊貴妃の美しい肌を作ったと考えると楽しいですね。

ちなみに楊貴妃の食べていた桃は、私たち日本でよくみられる丸いタイプの桃ではなく、平べったい形をしたちょっと固めで、濃厚な味の「蟠桃(ばんとう)」という桃です。
「蟠桃」とは、中国の神話で不老不死の仙果(果物)といわれ、当時は「蟠桃」は非常に希少価値の高い桃で、楊貴妃のような身分の高い人しか口にするこができない貴重な果物でした。

美肌には桃
楊貴妃も注目した桃には、美肌効果が期待できる栄養素が豊富に含まれています。
- ビタミンC
コラーゲンの生成を助け、肌のハリや弾力を保つ働きがあります。
また、メラニンの生成を抑えることで、シミやそばかすの予防にも役立ちます。
抗酸化作用もあり、肌の老化を防ぐ効果も期待できます。 - ビタミンE
強い抗酸化作用を持ち、体の酸化(老化)を防ぐ働きがあります。
血行を促進する作用もあるため、肌のターンオーバーを整え、透明感のある肌づくりに役立ちます。 - ナイアシン(ビタミンB3)
皮膚の新陳代謝を活発にする働きがあり、肌荒れや乾燥を防ぐ効果が期待できます。
血行改善効果もあるため、健康的な肌色を保つのにも有効です。 - 食物繊維(ペクチンなど)
腸内環境を整える働きがあり、便秘の改善に役立ちます。
腸内環境が改善されると、肌トラブルの予防にもつながります。 - 水分
桃は水分を多く含んでいるため、乾燥しがちな夏の肌に潤いを与える効果も期待できます。
これらの肌にうれしい栄養素がたっぷり含まれているため、桃は美肌を目指す上で魅力的な果物なんです。
ちなみに楊貴妃が好んで食べていた「蟠桃」という桃は、今では盛んに栽培され「蟠桃」も中国のスーパーで買うことができます。
桃の種を取り除く、簡単な方法
桃の種を取り除く方法はいくつかありますが、ここでは最も簡単な方法をご紹介します。
- 桃をよく洗い、水気を拭き取ります。
- 包丁で桃の側面にぐるっと一周切り込みを入れます。
- 両手で桃を握り、上下にひねるようにして二つに割ります。
- 種を取り除きます。
- 種の周りの果肉を取り除きます。
種を取り除いたら、あとはお好みのようにお召し上がりください。

まとめ
桃は縄文時代中国から日本に渡ってきた植物です。
まだ品種改良されていないころの桃の実は硬かったため、その薬としての効果や花の美しさを観賞するために各地に植えられました。
果物の種や根には「アミグダリン」という毒があって、消化酵素で分解されるとシアン化合物(青酸)が発生します。
もちろん、果肉には毒は含まれていません。
桃にとって果肉は動物に種を運んでもらうためにつけているものなので、果肉に毒をつけてしまうと運んでもらえないので困ります。逆に動物たちに種をガリガリ食べられてしまうと、種を広げたい桃にとって困るので、そこには毒を用意して、食べにくくしているという桃の生存戦略です。
楊貴妃が愛した桃には、毒の逸話も、美肌の秘密も詰まっていました。
千年の時を超えて、今も私たちを魅了する桃。
次に桃に出会ったら、遥か昔の宮廷に生きた一人の美しい女性に想いを馳せてみてくださいね。
参考文献
日本の土壌と文化へのルーツ㊿ 中国文明以来の果実 桃 | 東邦大学医療センター大森病院 東洋医学科 コラム (toho-u.ac.jp)
平べったい桃(ぺスカ・タバッキエラ)のシーズン みゅうローマ みゅう
アミグダリン - Wikipedia
モモ - Wikipedia
奈良県立青翔高等学校2015SSHdayori05.pdf (kai.ed.jp)
バントウ - Wikipedia
有毒植物について |「食品衛生の窓」東京都保健医療局 (tokyo.lg.jp)
楊貴妃 - Wikipedia