ぽれぽれ経済学

不景気とバブルと金融政策

不景気とバブル

日本銀行が行う大きな仕事の一つに金融政策があります。

景気が悪くなったり、逆に加熱しすぎたりすると金融政策が行われます。
金融政策がとられると金利が変化します。
金利が変化すると私たちの生活に大きな影響を与えるので、金融政策の話題はニュースにも取り上げられます。

ここでは過去日本でとられた金融政策の具体例を挙げてそのメリットとデメリットをまとめました。

金融政策なんて自分には全く関係のないことのように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、金利の変動は常に起きていて、その大きな流れをつかむことは私たちの資産を守るためにも大切です。

今、経済にどのような風が吹いているのか感じられるように、過去の歴史を通して金融政策について理解を深めておきましょう。

金融緩和政策とは

金融政策とは、各国の中央銀行(日本なら日本銀行)が物価の安定金融システムの安定という2つの重要な目的を達成するために、様々な手段を用いて金融市場に影響を与える政策のことをいいます。

例えば、景気が悪いと判断された場合、物価下落や失業率の上昇などが起こりやすくなっています。そこで、中央銀行は金融政策を通じて経済を刺激し、景気回復を目指します。

具体的には、以下のような金融政策が行われることがあります。

  • 金利引き下げ:金利を下げることで、企業や家計の借入コストを低減し投資や消費を促進します。
  • 資産購入:国債や社債などの資産を購入することで、市場に資金供給し金利を押し下げます。
  • 金融機関への融資:金融機関に資金を供給することで、企業への貸出を促進します。

このように、さまざまな手段を通じて「金融緩和政策」をおこないお金を借りやすくします。そうすることで企業の設備投資や個人の消費を促し、景気回復を促すのです。逆に、景気が過熱しているときは「金融引き締め政策」をおこない、お金を借りづらくすることで景気の過熱を抑えます。 

実際に「緩和」と「引き締め」の具体例を見ていきましょう。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

金融緩和の例

「金融緩和」はよくニュースにも取り上げられるので、ご存じの方も多いかもしれません。

金融緩和が行われるのは主に景気が悪いと判断された時です。

景気が悪い時とは具体的には、

  • GDPが半年下がり続けている
  • 失業率や物価上昇率が上がっている
  • 企業収益が低下しているとき

このようなとき「景気は後退している」と言われます。

景気が後退していると判断されると、その国の中央銀行(日本なら日本銀行)は、経済を守るために動きます。

ゼロ金利政策

金融緩和とは、金利を下げることで、総需要が今までの平均的な経済全体の供給力まで戻るようにして、失業率の上昇を防ぐことを目指しています。

例えば、1999年2月、日本銀行は景気低迷とデフレ脱却を目指して、世界で初めて「ゼロ金利政策」を導入しました。

ゼロ金利政策とは、銀行同士の短期融資の金利である(無担保コール翌日金利)の金利をほぼゼロにした政策のことです。
当時、銀行同士の短期金利は0.5%でしたが、長期化が懸念されていたデフレ状況を打開するため、ゼロ金利政策として0.15%まで下げました。0.15%なのでゼロ金利ではないのですが、当時の日本銀行総裁が「ゼロでも構わない」と発言したことから、分かりやすくゼロ金利政策を名付けられました。

このゼロ金利政策では、銀行同士の短期金利が下がったため、金融機関は低金利で資金を調達しやすくなりました。これによって企業や個人への貸出金利も引き下げられることを狙ったのです。
もし、貸出金利が下がれば、企業は設備投資や運転資金の調達を容易になり、また、個人は住宅ローンやマイカーローンなどの借り入れがしやすくなり、社会全体にお金が回り、景気が上向いていくはずです。

しかし、このゼロ金利政策で景気を上向かせることができず、結局ゼロ金利政策は2000年8月に解除されました。日本は景気低迷とデフレは続き、日本銀行は景気回復に向けてさらなる金融緩和政策を模索することになります。

量的金融緩和

そして、現れた次の一手が、2001年3月から行われた「量的緩和政策」です。
「量的金融緩和」とは今まで景気を回復するためにおこなってきた金利の引き下げは、すでに金利がほぼゼロなのでこれ以上下げられません。そこで考えたのは、国債を銀行から買うことで、金融市場にお金を投入し銀行の融資を増やそうとしたのです。

「量的金融緩和」とは、金利がほとんどゼロの状態から、さらに融資を促す別の方法はないかと考えられて生み出されたものなのです。しかし、残念ながら量的金融緩和を導入しても景気が上向くことがありませんでした。

そしてさらなる一手が「マイナス金利政策」です。

マイナス金利政策

日本銀行は大量のお金を市場に供給し、企業の資金調達を容易にすることで景気回復を促そうとしましたが、デフレを脱却することができなかったので、更なる金融緩和が必要と判断されました。
そこで次の一手として考えられたのが、2016年1月に始まった、歴史上初めてマイナス金利政策の導入です。

マイナス金利政策とは

マイナス金利政策とは、日銀が金融機関から預かる当座預金の一部にマイナス金利を適用する政策です。
つまり、銀行などの金融機関は日銀に預金をする際に、金利を支払う必要があるということです。

マイナス金利政策の狙い

マイナス金利政策は2つの目標がありました。

  • 金融機関の貸出促進させること
    金融機関が日銀に預金をすると損失になるため、貸出を積極的に行うように促すこと
  • 長期金利の引き下げること
    短期金利が低下すると、長期金利も連動して低下することが期待されます。長期金利の低下は、企業の資金調達を容易にし、投資を促進する効果がある

マイナス金利政策のその効果

マイナス金利政策は、一定の効果があったと考えられています。

  • 長期金利の低下 
    マイナス金利政策導入後、長期金利は低下傾向にあること
  • 企業の資金調達コストの削減 
    長期金利の低下により、企業の資金調達コストが削減されたこと

しかし、一方で、以下の問題も指摘されています。

  • 金融機関の収益悪化 
    金利収入が減少することで、金融機関の収益が悪化してしまった
  • 格差拡大 
    低金利環境は、資産家にとって有利ですが、そうでない人々にとっては収入減少につながる可能性があること

そしてついに、2023年3月長かった緩和政策は緩められることになります。

マイナス金利政策解除した3つの理由

日銀は2024年3月、17年ぶりにマイナス金利政策を解除しました。
これは、長期にわたるデフレ脱却と経済の持続的な成長に向けての重要な転換点となりました。

  • 賃金と物価の好循環の実現が見えてきたこと
    マイナス金利政策の主要な目的は、デフレ脱却と物価上昇率2%目標の達成でした。しかし、長引く低金利環境は、金融機関の収益悪化や、企業投資の抑制などの副作用も生じていました。
    けれど2023年頃から春闘での賃上げ率上昇など、賃金改善の兆候が見られたので、これからも継続的に賃金上昇と物価上昇が循環することで、デフレ脱却と経済成長の両立が可能になると判断しました。
  • 長期金利の安定化のため
    マイナス金利政策は金利差拡大による円安が進んでいること、また長期金利の不安定化懸念などの副作用もあります。特に、近年は欧米の金融引き締め加速に伴い金利差拡大懸念が強まっていました。
    そのため日銀は、マイナス金利政策の解除で長期金利の安定化を図り、金融市場の安定性を確保する必要性が高いと考えたのです。
  • 金融政策の柔軟性の確保のため
    マイナス金利政策は、長期にわたって継続すると、金融政策の有効性が低下する可能性が指摘されていました。
    日銀はマイナス金利政策の解除して、将来の経済状況や物価動向に応じて柔軟に金利を上下できるよう、政策の選択肢を広げる必要性を判断したのです。

マイナス金利解除後の影響と課題

いままで長い期間日本では金利のない状態が続いていたため、住宅ローンや国債の大量発行などの社会が金利のない状態で組み立てられています。
けれど、これからは金利が上乗せして支払わなければいけないので、このマイナス金利政策の解除は、日本経済に様々な影響を与えると予想されます。

金利上昇による影響

  • 住宅ローンなどの変動金利上昇による家計への負担増加
  • 企業の資金調達コスト増加
  • 金融機関の収益改善

経済成長への影響

  • 金利上昇による景気減速懸念
  • 賃金上昇と物価上昇の好循環による経済成長期待

日銀の今後の課題

  • 金利上昇幅の適切なコントロール
  • 長期金利の安定化
  • 金融市場の注視

日銀は、マイナス金利政策の解除後も、物価上昇率2%目標の達成と経済の持続的な成長に向けて、金融政策を運営していくことになります。

金融引き締めの政策とは

また、反対に引き締めを行うときもあります。

金融引き締めは金利を上げることによって、総需要を減らし、インフレを防ぐためにおこなわれます。それによって世の中に流通しているお金を減らし、銀行の貸し出しを抑制します。

  • 銀行がお金を貸し出さなくなる
  • 資金の供給が少なくなる
  • 金利が上がる
  • 金利が上がると、世の中の総需要が少なくなる。ローンを組むコストが上がるので自動車や住宅ローン、企業の設備投資も行われなくなる。
  • 人々がモノを買わなくなると、お金より商品があまった状態になってインフレ率が下がる

このような金融引き締めの例が日本にもあります。

例えば、日本経済にとって激動の時代だった1970年代、オイルショックやニクソン・ショックなど、様々な経済危機に見舞われ、物価高騰や景気低迷といった問題に直面します。

1973年と1979年に発生した2回の中東戦争の影響を受け始まったオイルショックは、原油価格の急激な高騰を引き起こし世界的なインフレが引き起こされました。日本も例外ではなく、物価上昇が著しい状況となります。

そこで日本銀行は景気過熱とインフレ抑制を目的として、1973年に4.25%から5%へ金利(公定歩合)を大幅に引き上げます。さらに1979年、第2次オイルショックにより原油価格が再び高騰したので、インフレが再燃。結局、金利は最大9%まで引き上げられました。

高い金利でしたが、当時の日本は高度経済成長の技術が生かされ経済を支えたこと、ベトナム戦争での物資の輸出、また自動車や家電の輸出も好調でした。加えて日本国内では公共事業が行われ、家庭の貯蓄率が上がり個人消費が大幅に伸びたため、日本の経済は力強く成長していったのです。

1980年からのバブルと引き締め

1970年代の日本は力強く成長していきましたが、1980年代になるとそれは熱狂的なまでに変化し、バブル経済を引き起こしました。そのバブルを冷やすためにおこなわれた「金融引き締め」があります。

バブル景気とは、1980年代後半から1990年代初頭にかけて日本経済を襲った、異常な経済成長と資産価格の高騰を特徴とする景気拡大期です。このバブル景気は、金融緩和政策が続いていたことや円安や土地神話などの要因によって引き起こされたと考えられています。

景気が良いのに金利を下げたままにしておくと、景気が過熱気味になります。
行き場のなくなったお金が、不良な貸付先に回され、そのお金が不動産市場に流れ、地価がぐんぐん上昇していきバブルがふくらんでいきました。バブルはいったん膨らみ始めると、どんどん勢いづく性質があります。「価格が上がっているらしい」という噂を聞きつけて、より多くの人がそれを買おうと押し掛けるからです。

ちなみにバブルの中にいるときは、それがバブルとは専門家でも分からないものです。価格が異常に上がってもそれを正当化する専門家が必ず存在し論理的な説明をします。
例えば「新しい技術革新が起こったため上昇している」とか「外国の企業が日本にオフィスを構え始めているので住宅価格が上がるのは当然だ」「日本の経済力の強さは本物だ」などと正当化するのです。

バブル景気は、経済の不安定化や資産価格の暴落などのリスクを伴っていました。そこで、日本銀行はバブル景気抑制のために、1989年5月から1990年5月にかけて、さまざまな金融引き締め措置を実施しました。

  • 公定歩合の引き上げ 
    1989年5月に年4.50%から5.00%に引き上げ、その後段階的に引き上げ、1990年5月には6.00%に達しました。
  • 預金準備率の引き上げ 1989年7月に0.50%から1.00%に引き上げました。
  • 公開市場操作 国債の売却などを通じて、市場に出回るお金の量を減らしました。
  • 窓口指導 金融機関に対して、貸出や投資を抑制することを要請しました。

これらの金融引き締め措置の結果、バブル景気は終焉します。
まず初めに、1990年から株価が落ち続け、1992年から地価は大幅に下落しました。
そしてこの金融引き締めはをきっかけにして、日本は30年に渡って景気後退を引き起こし、不良債権問題などの深刻な経済問題を招くことになるのです。

1989年の金融引き締めの影響

1989年の金融引き締めは、日本の経済に様々な影響を与えました。

景気

  • 金融引き締めは景気後退を引き起こしました。1991年には、日本の実質GDPはマイナス0.5%まで落ち込みます
  • 企業業績も悪化し、多くの企業が赤字に転落

資産価格

  • 株価は大幅に下落し、1989年12月の38,000円から1992年8月の14,000円まで下落
  • 地価も下落し、1991年には全国の商業地の地価は前年比で約10%下落

金融機関

  • 金融機関は不良債権問題に苦しみました。不良債権の累計残高は1997年には76兆円に達しました。
  • 三洋銀行、拓殖銀行の破綻、山一證券の廃業、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行の破綻など相次ぐ金融機関の破綻で経済は大混乱します。

政府

  • 政府は景気対策として、公共事業や財政出動を拡大しました。
  • 1990年には、消費税が導入されました。

1989年の金融引き締めの教訓

1989年の金融引き締めは、日本の経済に大きな教訓を残しました。

  • 金融緩和政策を長く続けると、バブル景気のような経済の不安定化を招く可能性がある。
  • 金融引き締めは景気後退などの副作用を伴う可能性がある。
  • 資産価格の高騰には注意が必要である。
  • 金融機関は健全な経営を行う必要がある。
  • 政府は景気変動に迅速に対応する必要がある。

1989年の金融引き締めは、日本の経済史において重要な出来事であり、その後の経済政策に大きな影響を与えました。この経験を教訓として、今後はより安定的な経済成長を目指していくことが重要です。

まとめ

日本の行ってきた金融政策について見てきました。
景気が悪い時は金利を下げてお金を借りやすくする「金融緩和」、逆に景気が過熱しすぎているときは金利を上げて、お金を借りにくくする「金融引き締め」が行われます。

日本での特徴的な緩和政策は「ゼロ金利政策」や「量的金融緩和」また「マイナス金利政策」などです。金利や国債などのさまざまな手段を使って景気の回復を促しました。

景気が過熱しすぎたときは、金利を上げ「金融引き締め」が行われます。
中東戦争をきっかけにしておこった、オイルショックの時はモノの価格が上昇していたので金利を上げて景気を安定させるよう促しました。

また、バブルの時は金利を引き上げや、国債の売却などの引き締め政策によってインフレを抑制しましたが、その反動で多くの銀行が破綻に追い込まれ、日本のそれから30年に渡るデフレのきっかけになりました。

日銀は金利や国債をつかって経済そして物価を安定させる必要があります。
景気が過熱しているときは、それを冷やすように、逆に景気が悪い時はそれを盛り上げるように、と逆の方向に向かうよう政策を決定しなければいけません。

私たちは景気が安定しているのか、加熱しているのか良く分からないことがあります。
日銀のしなければいけない政策は、景気と逆向きなことを覚えておき、実際の景気判断に役立てましょう。

参考文献

ゼロ金利政策 - Wikipedia
インフレが復活...日本もついに? | リコー経済社会研究所 | リコーグループ 企業・IR | リコー (ricoh.co.jp)
日本銀行時系列統計データ検索サイト (boj.or.jp)
経済学入門 ティモシー・テイラー
めちゃくちゃわかるよ経済学 坪井賢一

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