皆さんは「ガバナンス」という言葉をどこかで聞いたことがあるでしょうか?
カタカナ英語で分かりずらく、その言葉の意味も、なんとなく経営者側に立ったもののようで、自分には関係のないものに思われる方も多いかもしれません。
「ガバナンス」は、経営者のモノではありません。従業員や社会のメンバーすべての人のもつことのできる大切な考え方です。
「ガバナンス」を知れば、今、社会や自分にとって何が大切か? 何が問題なのか? を、自分で判断できるようになります。
ガバナンスとはなんなのか、一緒に見ていきましょう!
ガバナンスとは
まず「ガバナンス」という言葉の由来から見ていきましょう。
ガバナンスの語源と歴史
- ガバナンスの語源
英語の「governance」が起源です。「統治」「支配」「管理」といった意味を持ちます。 - その歴史
元々は政治学や法学の分野で使われていましたが、20世紀後半からビジネス界、特に企業経営の文脈で頻繁に用いられるようになりました。企業不祥事が相次いだことを背景に、企業の透明性や説明責任を高めるための仕組みとして注目されるようになったのです。
ガバナンスは造語?
ガバナンスは聞きなれない言葉なので、何かの言葉を組み合わせた造語のように感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
- 比較的新しい言葉
ビジネス界で広く使われるようになったのは比較的最近であり、聞き慣れない言葉であることから、造語のように感じられることがあります。 - 専門的な言葉
特定の分野で専門的に使われる言葉であるため、一般の人にとっては馴染みが薄く、造語のように思えてしまうことがあります。 - 翻訳語だから
日本語に訳す際に、既存の言葉に置き換えにくい概念であったため、そのまま「ガバナンス」とカタカナ語として取り入れられましたので分かりにくいです。
もしもガバナンスの効いていない船があったら
ガバナンスとは、簡単に言うと「組織をうまく運営するためのルールや仕組みのこと」です。
ここで、たとえ話としてガバナンスの効いていない一つの船があるとしましょう。ガバナンスは、この船を安全に目的地まで運ぶための「航海規則」や、船内の「管理体制」のようなものです。
もし、ある目的地に船を向かわせるとき、その船にガバナンスが機能していない場合、どんなことがおきるのでしょうか?
- 航路の逸脱
航海計画が明確に策定されず、航路が頻繁に変更されたり、目標とする航路から大きく逸脱したりする可能性があります。 - 衝突事故
レーダーなどの航海機器の整備が不十分だったり、見張り員の数が不足していたりして、他の船舶や障害物と衝突するリスクが高まります。 - 座礁
海図の読み取りミスや、水深の浅い場所への進入など、船長や乗組員の判断ミスにより、座礁してしまう可能性があります。 - 浸水
船体の損傷や、ポンプの故障などにより、船内に水が侵入し、船が沈没する危険性があります。 - 暴動
乗組員間の意見対立や、食料や水の不足などにより、乗組員が暴動を起こし、船の制御が不能になる可能性があります。 - 海賊の襲撃
海賊の多い海域を航行する場合、船の防衛体制が不十分なために、海賊に襲撃され、乗組員が人質にされたり、財産を奪われたりする可能性があります。
これらの問題が起きる原因としては、次のような点が考えられます。
- 航海計画の欠如:目的地や航路が明確に定められていない。
- 船員の資質の不足:船長や乗組員の経験や知識が不足している。
- 船舶の整備不良:船舶の維持管理が不十分で、故障や事故が起こりやすい。
- 緊急時の対応マニュアルの不足:緊急事態が発生した場合に、適切な対応ができない。
- 組織内のコミュニケーション不足
船長と乗組員の間、あるいは乗組員同士のコミュニケーションが円滑に行われていない。
ガバナンスの効いていない船は目的地に到着することができず、ただ漂流しているだけか、沈没する可能性が高まります。
もし、船にガバナンスが機能していれば、これらの問題を未然に防ぐことができます。
例えば、航海計画をしっかりと策定し、定期的に見直しを行うことで、航路の逸脱を防ぐことができます。
また、船員の教育訓練を徹底し、緊急時の対応マニュアルを作成することで、事故発生時の対応をスムーズに行うことができます。
これは船だけでなく、組織においても同様です。
ガバナンスが機能していない組織では、目標が達成できず、組織が混乱状態に陥る可能性があります。
なぜガバナンスが必要なの?
この船の例から分かるように、組織におけるガバナンスは、組織を目的地へと導く羅針盤のようなものです。ガバナンスが機能していない組織は、目標が達成できず、外部からの脅威にさらされ、最終的には崩壊してしまう可能性があります。
組織におけるガバナンスの重要性をまとめると、次のようになります。
- 組織の方向性を定める:組織全体の共通認識を形成し、行動の統一性を図る。
- リスクを管理する:潜在的なリスクを事前に特定し、適切な対策を講じる。
- 法令遵守を確実にする:法律や規制に違反する行為を未然に防ぐ。
- ステークホルダーとの信頼関係を構築する:株主、従業員、顧客など、様々なステークホルダーとの信頼関係を築き、組織の持続的な成長を促す。
船を目的地に向かわせるためには、明確な航海計画に基づいて、船員が協力し、航海の進捗状況を常に確認することが重要です。同様に、組織を成功へと導くためには、ガバナンスを機能させ、組織の方向性を定め、リスクを管理し、ステークホルダーとの信頼関係を構築することが不可欠です。
いつからガバナンスに注目が集まった?
ガバナンスが重要視されるようになったのは、特定の国や時期に限定することは難しく、歴史的にも様々な要因が絡み合っています。
しかし、現代的な意味での「ガバナンス」が広く議論されるようになったのは、主に20世紀後半からであり、その背景には次の様な要因が考えられます。
ガバナンスが重要視されるようになった背景
- 企業の社会的責任の台頭
企業が単なる利益追求の主体ではなく、社会の一員として様々な責任を負うべきという考え方が広まりました。環境問題、人権問題など、企業活動が社会に与える影響が注目され、企業の透明性や倫理的な行動が求められるようになりました。 - 株主資本主義の進展
株主の権利意識の高まりとともに、企業経営は株主の利益を最大化することが主な目的とされるようになりました。そのため、経営の透明性や効率性を高め、株主への説明責任を果たすための仕組みとしてガバナンスが重要視されるようになりました。 - 不正や不祥事の発生
エンロン事件(2001年 巨額の損失と不正会計から倒産)やライブドア事件(2004年)など、大企業の不正や不祥事が相次いで発覚しました。これらの事件は、企業の内部統制の不備や経営者のモラルハザードが深刻な問題であることを浮き彫りにし、ガバナンスの必要性を再認識させるきっかけとなりました。 - グローバル化の進展
企業活動が国境を越えて展開されるようになり、企業を取り巻く環境はますます複雑化しました。そのため、企業は国際的な基準に沿ったガバナンス体制を構築することが求められるようになったのです。
ガバナンスの概念の発祥地
ガバナンスの概念そのものは古くから存在しますが、現代的な意味での「コーポレート・ガバナンス」という用語が最初に使用されたのは、イギリスと言われています。イギリスでは、1990年代にキャドバリー委員会がコーポレート・ガバナンスに関する報告書を発表し、企業の透明性と説明責任の重要性を強調しました。
ガバナンスが重要視されるようになったのは、単一の要因ではなく、様々な社会経済的な背景が複合的に作用した結果です。企業は、社会の期待に応え、持続的な成長を実現するために、ガバナンスの強化を図ることが求められたのです。
日本とガバナンス
日本においても、バブル経済崩壊後の企業倒産や不正事件の多発、そして国際的な競争激化を背景に、ガバナンスの重要性が認識されるようになりました。
けれど、日本では「ガバナンス」するのは、つまり、全体の動きを監視するのは経営者だけで十分だ、という間違った考え方が横行しています。これは、日本が伝統的に「企業を経営者の所有物」と捉え、経営陣の裁量権を尊重する考え方が根強く残っていることが背景にあります。
日本の99%は中小企業なので、経営者がオーナー経営者であることが多く、経営陣と取締役会、株主などの利害関係者との間で、ガバナンスの考え方を共有するのが難しいのです。
そのため、日本では、ガバナンスは経営者だけが担うものであり、他の利害関係者は関与する余地がない、という考え方が広まっています。
しかし、ガバナンスは「経営者」だけでなく、すべての利害関係者が関与することで初めて機能するものです。
経営者だけでなく、取締役会、監査役会、社員、株主などの利害関係者全員が、それぞれの立場からガバナンスに参画することで、企業の持続的な成長と発展が実現されます。日本での「ガバナンスするのは経営者だけ」という考え方は改め、すべての利害関係者がガバナンスに参画する意識改革が重要です。
日本人は利益にドライになれない
日本のガバナンスの考え方は、株主の利益だけでなく、従業員や取引先、地域社会などの利益も考慮する「ステークホルダー重視型」です。
従業員や地域社会の利益を第一に考えると、その企業の発展に大きなマイナスになる場合があります。その決断が日本人は苦手ということです。
これは日本が伝統的に企業を社会の一員として捉え、企業の活動が社会全体に与える影響を重視してきたことに由来しています。
しかし、近年では、2000年の三菱自動車のリコール隠し、2015年の東芝の不適切会計、2018年のセブン&アイ・ホールディングスの不正会計など企業の不祥事が相次いだことから、株主の利益を重視する「株主資本主義」の考え方が広まっています。そのため、日本のガバナンスも、株主の権利をより強く保護する方向に改革が進められつつあります。
具体的には、次のような取り組みが進められています。
- 株主総会の権限強化
株主総会の権限を拡大し、経営陣の決定をより厳しく監視できるようにする。 - 取締役会の構成見直し
社外取締役の割合を増やし、経営陣の監督・監査機能を強化する。 - 内部統制の強化
不正や不祥事の防止を目的とした内部統制の構築・運用を徹底する。
これらの取り組みが進めば日本のガバナンスは、今後株主の利益を重視する傾向になっていくと考えられます。
しかし、日本企業の経営者が、株主の利益を重視するガバナンスを受け入れられるかどうかはまだ不透明です。というのも、日本企業の経営者には、従業員や取引先、地域社会などの利益も考慮する考え方が根強く残っているからです。
そのため、日本のガバナンスが、本当に株主の利益を重視する方向に進むためには、次のような経営者層の意識改革が不可欠です。
- 経営者層にガバナンスに関する教育や研修を実施し、ガバナンスの重要性やすべての利害関係者が関与する意義を理解させる。
- 取締役会や監査役会などの役割や機能について、社員や株主などの利害関係者に周知しガバナンスへの理解を深める。
- 社員や株主などの利害関係者が、ガバナンスに関与するための機会や仕組みを整備する。
中小企業の多い日本でガバナンス強化は難しいのですか?
しかし、日本は中小企業の割合が99%以上と、とても多いためガバナンスの強化が難しいという側面があります。
中小企業は、経営資源の予算が限られているため、ガバナンスに関する制度や慣行を整備するためのコストを負担できません。
この問題に対し、日本政府は中小企業のガバナンス強化に向けた取り組みが進められています。
例えば、中小企業向けのガバナンスに関する情報や支援の充実、経営者への教育、また制度や慣行の見直しがあります。
また「中小企業ガバナンス・コード」を策定し、中小企業のガバナンスに関する基本的な考え方を示すとともに、具体的な対応策を示すガイドラインを公表しています。また、民間団体においても、中小企業のガバナンスに関するセミナーや研修を実施するなど、支援を行っています。
これらの取り組みにより、中小企業のガバナンスの強化が進み、企業の持続的な成長と発展、そして社会の信頼の向上が実現さることが期待できます。
第3章 第2節 成長力強化に向けて企業の積極的な行動を促す仕組み - 内閣府 (cao.go.jp)
デジタルガバナンス・コード (METI/経済産業省)
世界のガバナンス比較
ここで世界のガバナンスが良く効いている国を挙げてみましょう。
- イギリス
- アメリカ
- オランダ
- スウェーデン
- ノルウェー
これらの国では、ガバナンスに関する制度や慣行が整備されており、企業の意思決定や業務運営が、透明性・公正性・効率性をもって行われています。
具体的な内容には次のようなものが挙げられます。
- 取締役会の独立性・専門性の向上
- 社外取締役の割合の増加
- 内部統制の強化
- 株主総会の権限の強化
これらの取り組みにより、企業の不正や不祥事の防止、経営の効率化、企業価値の向上が図られています。
また、これらの国では、ガバナンスの重要性に対する意識が高く、企業や政府、投資家などが、ガバナンスの強化に向けた取り組みを積極的に進めています。
一方で、ガバナンスが良く効いていない残念な国を挙げてみましょう。
- 中国
- インド
- ブラジル
- ロシア
- アフリカ諸国
これらの国では、ガバナンスに関する制度や慣行が整備されておらず、企業の意思決定や業務運営が、透明性・公正性・効率性をもって行われていません。
具体的な問題としては、下のようなものが挙げられます。
- 取締役会の独立性が低い
- 社外取締役の割合が少ない
- 内部統制が不十分
- 株主総会の権限が弱い
これらの国では、企業の不正や不祥事が頻発していて企業価値の向上が阻害されています。
また、これらの国では、ガバナンスの重要性に対する意識が低く、企業や政府、投資家などが、ガバナンスの強化に向けた取り組みを積極的に進めていないという課題がある国です。
アメリカのガバナンスの考え方
アメリカでの「ガバナンス」とは、企業の意思決定や業務運営で株主の利益を最大化することを主な目的としています。そしてそのガバナンスの重要な3つの要素として、
- 株主の権利の保護
- 経営陣の責任の明確化
- 透明性と説明責任の確保
この3つが強く意識されています。
アメリカでは、企業は株主から資金提供を受けることで事業を展開することができます。そのため株主の利益を最大化することは、企業の存在意義そのものであると考えられています。
具体的には、アメリカでは、以下のようなガバナンスの制度や慣行が存在しています。
- 単一株主代表制
1株1議決権の原則に基づき、すべての株主が平等に経営に参画する制度。 - 株主総会の権限
株主総会は、取締役の選任・解任、定款の変更などの重要な事項を決定する権限を有する。 - 取締役会の責任
取締役会は、経営陣の監督・監査を行う役割を担う。 - 内部統制の構築・運用
企業は、不正や不祥事を防止するために、内部統制の構築・運用を行う必要がある。
近年、アメリカでも企業の不祥事や金融危機などの問題を契機に、ガバナンスの強化が求められています。そのため、上記のような制度や慣行の見直しや強化が進められており、今後もガバナンスの重要性がますます高まっていくと考えられます。
なお、アメリカのガバナンスは、日本やヨーロッパなど他の国々と比べて、株主の利益を重視する傾向が強いです。
これは、アメリカの資本主義社会において企業の役割は、株主の利益を最大化することであるとの考え方が根強く残っていることが背景にあります。
日本とアメリカではガバナンスに対する考え方は大きく違いますが、企業の持続的な成長と発展を願う気持ちは同じです。取り入れられるところは積極的に取り込んで、日本の成長に結び付けていく必要があるでしょう。
ガバナンスの強化は利益を上げることですか?
ガバナンスを強化するのは「株主」の利益を最大化するため、だけなのでしょうか?
実は、ガバナンスを強化することは、利益を上げることだけに必ずしも直結するわけではありません。
ガバナンスの目的は、企業の持続的な成長と発展を実現することです。そのためには、企業の意思決定や業務運営が、透明性・公正性・効率性をもって行われることが重要です。
ガバナンスが強化されれば、以下のようなメリットが期待されます。
- 不正や不祥事の防止
ガバナンスの強化により、経営陣の独断や不正を防ぐことができ、企業の信頼を高めることができます。 - 経営の効率化
ガバナンスの強化により、経営陣の意思決定の透明性や公正性が向上し、経営の効率化につながります。 - 企業価値の向上
ガバナンスの強化により、企業の透明性や信頼性が向上し、企業価値の向上につながります。
これらのメリットは、いずれも企業の持続的な成長と発展につながるものです。そのため、ガバナンスが強化されると、利益の向上につながる可能性は高くなります。
しかし、ガバナンスの強化が必ずしも利益の向上につながるとは限りません。
例えば、ガバナンスの強化によって経営判断ののスピードが遅くなると、競争力を失って利益が減少する可能性があります。また、ガバナンスの強化に伴うコストは利益を圧迫する可能性もあります。
そのため、ガバナンスを強化する際には、利益の向上だけでなく、そのメリットとデメリットをよく検討すること、そしてそれを継続的に改善、改良していくことが何よりも大切です。
このような点に留意して、ガバナンスの強化を進めることで、利益の向上と企業の持続的な成長と発展の両立を図ることができるでしょう。
まとめ
ガバナンスとは、その組織の持続的な成長と発展をするために、組織のメンバー全員が主体的に全体の動きを監視・評価することです。
それぞれの権限と責任が適切に配分され、守るべき規範となります。
ガバナンスの効かない船が目的地に着くことができないように、ガバナンスの効かない企業は利益を上げることができません。
ガバナンスは20世紀になって大企業の不正からの廃業の影響が世界規模になったのを受けて、企業の社会的責任と株主への利益を最大化にすること、持続可能な経営のために重要視されました。
日本では経営者だけがガバナンスを担う役割であるという考えが大きいため、意識改革としてまず、すべての利害関係者がガバナンスに参加する、という意識改革を進めることが重要です。
また人情から経営にとって不利だったとしても決断できない場合が多く不利益を膨らましがちです。第3者からの目線を取り入れ冷静な判断ができるようなしくみをつくらなければいけません。
アメリカでは株主の権利、経営陣への説明責任、情報の透明化を非常に重視します。このような土台があってこそ、競争力の高く、持続可能な成長につながっているのです。
参考文献
ティモシー・テイラー 経済学入門
コーポレートガバナンスに関する各種政策について (METI/経済産業省)
コーポレート・ガバナンス - Wikipedia