ぽれぽれ経済学

2%の物価安定の目標とは

物価安定の目標

皆さんもニュースなどで「2%の物価安定目標」という言葉を耳にした方も多いと思います。

「2%の物価安定の目標」とは、常に安定した物価になるように、世の中の物価の見張り番である「日本銀行」が、自身の目標として設定したものです。

ここで一つ疑問が浮かびます「物価を安定させるなら、0%が良いのでは?」

日本銀行は一体なにを根拠として2%というのでしょうか? また0%ではなく3%でもなく、2%なのはなぜでしょうか? 

ここでは「2%」という数字がどこからきているのかくわしく解説します。

日本銀行が何をしたいのか知っておくことは、物を買うとき、また投資をするときなどの判断材料として大切です。ぜひご覧ください。

物価の安定目標

物価の安定目標とは、日本銀行が自身の目標を多くの人に知ってもらい、政策の成功率を上げることを狙った目標のことです。日本以外にも多くの国が設定しています。

目標値は「消費者物価指数」を参考にしています。
消費者物価指数はいくつか用意されているのですが、そのうち値段の上下の激しい生鮮食品を除いた「消費者物価指数」を目標値としています。

つまり、2%の物価安定の目標とは「消費者物価指数」が、前年比より2%づつ、アップしていくこと、を目標にしたものです。

この「2%の物価安定の目標」とは、インフレターゲットと呼ばれ、世界の30か国以上の国で導入されています。

ここでインフレターゲットを先駆けて設定した国々と、近年導入した国々をいくつかご紹介します。

先駆けて導入した国々

  • ニュージーランド(1989年)
  • カナダ(1991年)
  • イギリス(1992年)
  • スウェーデン(1993年)
  • オーストラリア(1996年)

近年導入した国々

  • 韓国(2000年)
  • ブラジル(2006年)
  • インド(2015年)
  • 中国(2016年)
  • ロシア(2017年)

各国のインフレターゲットの数値や、導入の背景、政策運営の詳細などは、国によって様々です。
また上記以外にも、多くの国々がインフレターゲットの導入を検討しています。

インフレターゲットはニュージーランドから始まった

インフレターゲットを初めて導入したのはニュージーランドです。

ニュージーランドの経済学者ドナルド・ブルシック(Donald Brash)は、1989年にニュージーランド準備銀行(RBNZ)の総裁を務めていました。彼は中央銀行がインフレーション率に目標値を設定することで、その達成を通じて経済の安定させることができると考えたのです。

ニュージーランドはなぜインフレターゲットを導入したのでしょうか?
それは、当時のニュージーランドは高いインフレ状態にあったのですが、理由はそれだけではありませんでした。

導入の背景と理由

  1. 高いインフレ率の抑制するため
    1970年代から1980年代にかけて、ニュージーランドは高いインフレ率に苦しんでいました。特に1980年代初頭、石油危機や財政赤字からインフレ率は10%以上に達し、経済の不安定要因となっていました 。
    そのため、安定した低インフレを実現する新たな政策が必要とされたのです。
  2. 経済改革の一環
    1980年代後半のニュージーランドでは、当時の財務大臣の名前からとった、経済改革「ロジャーノミクス」が進められていました。この改革は経済改革として、
    • 変動為替への移行
    • 規制緩和・撤廃
    • 補助金制度の撤廃
    • 海外投資の自由化
    • 保護貿易の撤廃
    • 投資の増加を促すため減税(最高税率を66%から33%へ減税)。
    • 社会福祉予算の削減
    • 医療分野への助成金削減
    • 行政の民営化、外部委託
  3. 中央銀行の信用確立
    インフレターゲットは、中央銀行の政策決定に明確な指標を設定することで、通貨の信頼性と中央銀行の信用を高めることを目的としました。透明性を高めることによって、マーケットや一般の信頼を得る手段としてインフレターゲットは設定されたのです。

ロジャーノミクスは多くの改革の結果、失業者の増加、倒産企業件数の増加、海外への人材流出、貧富の格差拡大など多くの痛みを伴う改革でしたが、1990年代から財政は好調に回復しインフレーションの抑制に成功、対外債務の解消へつながったのでした。

ニュージーランドの事例が成功を収めたことで、インフレターゲットは他の国々でも採用されるようになり、現代の金融政策における一般的な手法の一つとなっています。
例えば、カナダ、スウェーデン、イギリスなど多くの国々がインフレターゲット政策を導入し、中央銀行の独立性と信頼性を高める手段として広く認識されています。

インフレターゲットのメリット

インフレターゲットには、以下のようなメリットがあります。

  • 物価の安定化
    インフレターゲットとして数値の目標を示すことで、金融政策をよりはっきりと実施することができます。これは、企業や家計にとって将来の経済環境の予測が容易になり、投資や消費活動が活性化することにつながります。
  • 経済成長の促進
    緩やかなインフレは、経済成長を促進する効果があるとされています。これは、インフレが企業の収益増加と雇用創出を促し、家計の購買力を高めることで、経済全体の活性化されます。
  • 透明性の向上
    インフレターゲットを公表することで、中央銀行の政策運営に対する透明性が向上し、市場関係者の理解と信頼を得やすくなります。
  • 説明責任の向上
    インフレターゲット達成という具体的な目標を掲げることで、中央銀行は政策運営に対する説明責任を果たしやすくなります。

インフレターゲットのデメリット

反対に、インフレターゲットには、以下のようなデメリットもあります。

  • 目標達成の難しさ
    インフレターゲットの達成は容易ではなく、経済状況や外部ショックなどの影響を受けやすいという問題があります。目標達成にこだわりすぎると、景気後退などの副作用を招く可能性もあります。
  • 金融政策の柔軟性の制限
    インフレターゲットを達成するために、中央銀行は金利や金融市場操作などの金融政策を機動的に行う必要があります。しかし、目標達成に固執しすぎると、本来必要とされる以外の金融政策を実施せざるを得ない状況に陥る可能性があり、経済全体の健全性を損なう可能性があります。
  • コミュニケーションの難しさ
    インフレターゲットの理念や目標を市場関係者に理解してもらうことが重要ですが、複雑な経済理論に基づいているため、十分なコミュニケーションが難しいという課題があります。
  • 期待インフレ率との乖離
    インフレターゲットと市場関係者の期待するインフレ率(期待インフレ率)が乖離すると、経済活動に混乱が生じる可能性があります。

インフレターゲットは、物価安定と経済成長を両立させるための有効な政策手段として期待されていますが、そもそも2%の物価上昇が物価の安定になるのでしょうか?

2%である5つの理由

日本のインフレターゲットの目標値は2%ですが、世界ではその国の事情に合わせて、だいたい1%から3%程度にしています。中国やロシア、インドなどでは4%を目標にしていますが欧米各国は2%にしています。

そもそも物価を安定させることを目標にするなら、インフレターゲットは0%に設定すればいいと思う方もいらっしゃるかと思います。

けれどインフレターゲットを0%にしても、必ずしも物価の安定に繋がるわけではなく、むしろ多くの経済学者や中央銀行は2%程度の緩やかなインフレの方が望ましいと考えています。なぜでしょうか?

その理由は、次の5つにまとめられます。

  • 統計上の誤差
    消費者物価指数は、完全な精度で物価上昇率を測定しているわけではありません。統計上の誤差や、調査方法の変更などによって、実際の物価上昇率よりも高めに出る傾向があります。
    そのため、インフレターゲットを0%に設定すると、実際にはデフレ状態に陥ってしまう可能性があります。デフレは経済全体を停滞させる恐れがあるため、中央銀行はデフレ脱却を目指して、ある程度のインフレ目標を設定する必要があります。
  • デフレの悪影響
    デフレになると、企業収益が悪化し、雇用が減少するなど、経済全体に悪影響を及ぼす可能性があります。
    デフレになると、物価下落を期待した消費者が買い控えを加速させ、企業の売り上げが減少します。企業は収益悪化に対処するため、雇用を削減したり、賃金を下げたりせざるを得ない状況になります。
    また、デフレになると、名目金利が低下しても、実質金利は高くなります。これは、企業や家計にとって借入負担が重くなり、経済活動を抑制する要因となります。
  • 金利政策の限界
    金利引き下げは、デフレ対策として有効な手段の一つです。しかし、金利を0%近くまで引き下げると、金融政策の効果が薄れてしまいます。0%に近い金利水準では、企業や家計にとって金利引き下げの効果は小さくなり、経済活性化効果が期待できません。もしも、2%程度のインフレ目標であれば、金利を引き下げることで、より効果的な景気刺激策を実行することができます。
  • 名目経済成長率の必要性
    経済成長には、名目GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)の増加が不可欠です。名目GDPは、物価上昇率と実質GDP成長率の合計で構成されます。デフレの場合、実質GDP成長率がプラスであっても、名目GDPはマイナスになってしまう可能性があります。これは、経済が停滞していることを示しています。
    一方、2%程度の緩やかなインフレであれば、名目GDPの増加を促進し、経済成長を支えることができます。
  • 期待インフレ率の安定
    中央銀行がインフレターゲットを明確に示すことで、市場参加者の期待インフレ率を安定させることができます。これは、将来の物価上昇率に対する不確実性を減らし、企業や家計の経済活動の計画を立てやすくする効果があります。
    期待インフレ率が安定していれば、企業は将来の価格変動を予測しやすくなり、投資や雇用を増やしやすくなります。また、家計にとっても、将来の収入や支出を予測しやすくなり、経済活動が活発化します。

これらの理由から、欧米諸国の中央銀行は、インフレターゲットを2%程度に設定しているところが多いのです。

日本も2013年からインフレターゲットを設定していますが、日本でのインフレターゲットの効果は見られませんでした。なぜだったのでしょうか? なにか日本の特別な事情があったのでしょうか?

日本におけるインフレターゲット

日本では、2013年1月に日銀が「物価安定目標2%」を掲げ、インフレターゲットを設定しました。これは、デフレ経済から脱却し、持続的な経済成長を実現することを目的としたものです。

各国がインフレターゲットを設定し始めたころ日本ではインフレーションではなく、デフレーションの状態でした。ターゲットとしては逆向きになるので、設定には反対意見が多かったのです。

日本がデフレになったのかは、明確な定義があるわけではありませんが、一般的には、消費者物価指数(CPI)の前年比が継続的にマイナスになる状態をデフレと呼びますが、その開始時期については様々な見解があります。

  • 1990年代後半説
    バブル崩壊後の経済停滞と金融機関の不良債権問題の影響で、1990年代後半から消費者物価指数が下落傾向に入り始め、デフレ状態に入ったとする見方です。
  • 1999年説
    総務省の統計局が発表している消費者物価指数(CPI、生鮮食品除く総合)が、1999年秋以降前年割れとなり、2000年、2001年もマイナスとなったことを根拠とする説です。
  • 2001年説
    日銀が「物価下落懸念」を初めて公式文書に明記したのが2001年であり、この頃からデフレ対策が本格化し始めたことを根拠とする説です。

このように、デフレの開始時期は諸説あり、明確な合意は得られていません。
しかし、いずれの見解においても、1990年代後半から日本経済はデフレ状態に突入し、長年にわたって継続していることは共通認識になっています。

1990年代から日本がデフレ状態にあったとすれば、それを安定化させるためのインフレターゲット設定を2013年に出したのは、ずいぶん遅いように思えます。どうして日本ではインフレターゲットを導入したのが遅くなったのでしょうか?

その背景には、いくつかの理由が考えられます。

  • デフレ脱却の難しさ
    当時の日本は、デフレが常態化していて、景気回復とデフレ脱却は非常に困難な課題だと考えられ、インフレターゲットを設定しても、目標達成は容易ではないと判断されました。
  • 経済政策の方向性
    当時の経済政策は、財政政策を中心とした景気刺激策に重点が置かれていました。金融政策は、財政政策を補完する役割と位置づけられており、インフレターゲットのような明確な目標設定は時期尚早と判断されていました。
  • 金融市場への影響懸念
    インフレターゲット導入による金利上昇は、債券価格の下落や企業の資金調達コスト増加などの懸念がありました。特に、当時抱えていた巨額の財政赤字のためには、低金利政策が不可欠と考えられていました。
  • 社会的な合意形成
    インフレターゲットは、国民の物価上昇に対する許容度や、金融政策の透明性・説明責任の強化など、様々な課題を伴います。導入には、関係者間の十分な議論と合意形成が必要とされていました。
  • 海外との温度差
    欧米諸国では、1990年代後半からインフレターゲットが導入されており、一定の成果を上げていました。しかし、日本経済の状況や課題は欧米とは異なり、一概に欧米と同じ政策を導入することへの慎重な議論もありました。

このように、様々な理由から、日本におけるインフレターゲットの設定は遅れたのでした。

しかし、中央銀行が具体的な物価上昇率目標を掲げることは、金融政策の方向性を明確になります。また目標達成状況を定期的に公表いして、政策運営に対する透明性と国民への説明責任を向上させるのは、すでに世界の常識になっていました。

日本のインフレターゲットの評価

さまざまな理由から日本も2013年からインフレターゲットを設定したのですが、その評価は、専門家によって様々な意見があります。ここでは、肯定的な評価と否定的な評価をそれぞれいくつかご紹介します。

肯定的な評価

  • デフレ脱却に一定の効果があった
    日銀の調査によると、インフレターゲット導入後、消費者物価指数の上昇率は上昇傾向にあり、デフレ脱却に向けた一定の効果があったと評価されています。
  • 経済成長を促進
    緩やかなインフレは、企業業績の改善や雇用創出を促進し、経済成長を加速させる効果があった。
  • 政策運営の透明性が向上
    日銀の金融政策運営の透明性が向上し、市場関係者の理解を深める効果があった。
  • 長期的な経済安定に貢献
    物価の安定は、長期的な経済成長と安定に不可欠なため、インフレターゲットは引き続き持続的な経済発展に貢献できる。

否定的な評価

  • 目標達成できていない
    日銀が掲げた2%の物価上昇率目標は、長い間達成できませんでした。そのため目標達成の難しさや、金融政策の限界も指摘されています。
  • 副作用
    金融緩和政策による副作用として、資産価格の急騰や格差拡大などの問題があります。
  • 柔軟性の欠如
    インフレターゲットは、経済状況の変化に柔軟に対応しにくいという批判もあります。
  • 財政政策との連携不足
    インフレターゲットの効果を最大限に発揮するためには、財政政策との連携が不可欠ですが、十分な連携が取れていないという指摘もあります。

今後の課題

インフレターゲットは、日本の経済運営にとって重要な役割を果たしていますが、課題も残されています。今後は、以下の点に焦点を当てていくことが重要です。

  • 目標設定の妥当性
    2%という物価上昇率目標が適切かどうか、経済状況や社会環境の変化を踏まえて検討する必要があります。
  • 副作用対策
    金融緩和政策の副作用を抑制するための対策を講じる必要があります。
  • 財政政策との連携強化
    財政政策と連携した効果的な経済運営を目指していく必要があります。
  • 柔軟な政策運営
    経済状況の変化に柔軟に対応できるような政策運営を心掛ける必要があります。

インフレターゲットは、日本の経済成長と安定にとって有効な政策手段の一つですが、万能ではありません。課題を克服し、更なる効果を発揮できるよう、議論を深めていくことが重要です。

まとめ

インフレターゲットについて解説しました。
1990年代、世界は石油危機や経済の混乱などからモノの値段が高騰するインフレ対策を迫られるようになりました。規制を緩和し、小さな政府を目指す動きが活発になり、その中でも中央銀行の改革も同じように求められました。

中央銀行の政策は物価を安定させつつ、経済を成長させることを使命としていますが、その手段は分かりにくく、誤解を招くことがあります。そのようなことのないようにあらかじめ大きな目標を掲げておき、その目標にそって政策を進めていることをアピールしておけば自分たち自身も、周りも次の手が予想できて動きやすい、と考えられてインフレターゲットという分かりやすい目標が設定されました。

日本はインフレではなくデフレーションに陥っていたので、インフレターゲットの導入には積極的ではありませんでしたが、中央銀行の政策の分かりやすさ、透明性を高めるためにも導入することが望ましいと判断され2013年に導入したものの、デフレーションの脱却に至りませんでした。

今後は、目標の見直しや政策手段の更なる検討など、インフレターゲットの有効性を高めるための議論が引き続き求められています。

参考文献

ロジャーノミクス - Wikipedia
インフレターゲット - Wikipedia
日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp)
No.409 物価目標はなぜ2%なのか (dbj.jp)
インフレターゲット | 公益財団法人 国際通貨研究所 (iima.or.jp)
ティモシー・テイラー 経済学入門

おすすめの記事

-ぽれぽれ経済学