前回は「貧困」について解説しました。
貧困問題を改善させていくためには、直接支援金を渡す方法の他に減税や就労支援、精神的な支援も併せて行い自立した生活を取り戻す援助が大切でした。
では、貧困問題と一緒に、よく問題になる「格差」についてはどうでしょうか?
格差社会とはよく聞く言葉ですが、「貧困」とどこが違うのかちょっと分かりにくいです。
「格差問題」というと、それは「収入の格差」に注目した言葉になります。そのため、収入の大きい人から少ない人までの差のを指します。
格差問題は「貧困」と違って「格差」は社会の構造に問題がある部分が大きいので、構造を改革すれば解決する可能性があります。
ここではそんな「格差問題」について取り上げ、どのような改善方法があるのか解説します。
格差問題
まず、そもそもなぜ収入の「格差」というものが問題になるのでしょうか?
「他人のことは全く関係がない」と考える人が多ければ、格差は問題にならないでしょう。
「格差」を問題にするということは、つまり「人はみな公平であるべき」という感覚のある人が多いからです。
「公平な社会なら生まれついて持っている能力、家族のコネ、容姿で収入が変わるはずがなく、本人の努力や積み重ねだけによってお金は分配されるはず」という考え方が「格差」を社会の解決するべき問題と認識させます。
もちろん格差はあって当たり前、という考え方もあります。
けれど、私たちの社会の歴史を考えると、王様や国王のような絶対に偉い人がいて、その一部の人がとんでもないお金持ちだった社会から、少しづつ市民にも権利が保障され、お金が回ってくる社会に変化しています。もちろん、今でも王様のような人が、富と権力を握っている社会もたくさんありますが。
「格差のない社会をつくってみんなで豊かになろう」とする方向は、今後も変わらないでしょう。
まず現実の格差の幅を知る
収入の格差をなくしていきたいと思ったら、まず、現状がどのような状態になっているか知る必要があります。
日本ではさまざまな方法で、私たちの収入額の多い少ないの幅を調べています。
- 統計データを利用する方法
統計データを利用する場合、所得の分布を示す「ジニ係数」が厚生労働省から発表されています。
ジニ係数とは、0から1までの数値で表され、0に近いほど平等、1に近いほど不平等を表します。ちなみに日本では、2021年のジニ係数は0.38となっており、1990年以降で最も高い値となっています。
白書、年次報告書|厚生労働省 (mhlw.go.jp) - 世論調査やアンケート調査を利用する
世論調査やアンケート調査では、人々の収入に関する意識や実態を直接把握しています。
例えば、2022年に内閣府が実施した世論調査によると、収入格差が広がっていると感じている人は、7割を超えています。また、収入格差が広がることに不安や不満を感じている人は、6割を超えています。
日本経済2021-2022 - 内閣府 (cao.go.jp)
その他にも各省庁では下のような世論調査を実施しています。
- 厚生労働省の「国民生活基礎調査」
- 総務省の「家計調査」
- 内閣府の「国民経済計算」
- 国税庁の「民間給与実態統計調査」
- 労働政策研究機構の「労働経済動向調査」
また、民間企業が実施している世論調査やアンケート調査も参考にすることができます。
例えば、株式会社リクルートが実施している「就職白書」や、株式会社マクロミルが実施している各種世論調査があります。
これらの方法を組み合わせることで、より多角的な視点から収入格差の広がりを知ることができます。
格差の指標 ジニ係数
世界全体での収入格差を計るのに使われている、有名な調査としてジニ係数があります。
ジニ係数は世界の経済政策に大きな影響力のあるOECD(経済協力開発機構)も注目していて毎年2~3回ジニ係数を使って各国の経済調査を行っています。
OECD iLibrary (oecd-ilibrary.org)
ジニ係数とは
イタリアの統計学者、コッラド・ジニによって1912年に考案された計算式。ジニは、所得の不平等を測定する客観的な指標を開発することを目的として、ローレンツ曲線を用いてジニ係数をつくりました。ジニ係数が0に近いほど、所得の不平等が小さく、1に近いほど、所得の不平等が大きいことを示します。ジニ係数は、所得の不平等を測定する指標として広く用いられており、経済学、社会学、政治学など、さまざまな分野で活用されています。
ちなみにジニは、イタリアの統計学者であるだけでなく、社会学者、政治学者としても活躍した人物です。彼は、社会学の分野において、社会の不平等を研究し、その是正のための政策を提唱しました。
ここで注目したいのは、OECD自身は理想的なジニ係数を明確に定めていないことです。
OECD加盟国におけるジニ係数の平均値は、2021年時点で0.32となっています。このことからOECDでは、0.3程度のジニ係数を望ましい水準とする考え方が一般的であると考えられます。
しかし近年では、格差拡大による社会不安の増大が懸念されていることから、ジニ係数を0.2程度に抑える必要があるとの意見も出されています。
望ましい経済格差の程度は、社会の価値観や制度によって異なります。
例えば、自由主義的な社会では、個人の努力が報われることを重視するため、ある程度の格差を容認する傾向があります。一方、社会主義的な社会では、経済的平等を重視するため、格差を抑える傾向があります。
このように、望ましい経済格差というのは、社会の価値観や制度によって異なるため、一概に答えを出すことは難しい問題です。
しかし、経済活動の効率性と公平性のバランスをとることを考慮しながら、社会全体にとって望ましい水準を探っていくことが重要です。
望ましい収入の格差の幅はあるのか
このような統計データー、世論調査、民間の調査を利用して収入の格差が分かったとします。
それを受けて格差をどの程度の範囲内に収めることを目標にしていくのか、つまり「望ましい収入の格差の幅」を設定することはできるでしょうか?
この目標設定には、さまざまな複雑な問題が含まれています。
なぜこの問題は複雑なのか?
- 価値観の多様性
人によって「望ましい」と感じる収入格差は大きく異なるため。 - 社会構造との関連
経済システム、社会制度、文化など、様々な要素が収入格差に影響し、また、望ましいとされる格差の幅も時代によって変化すること。 - 測定の難しさ
収入格差をどのように測るか、という問題も複雑です。
単なる平均値だけでなく、分布の仕方や、所得の低い層と高い層の比率など、様々な指標が必要になります。
収入の多い少ないは社会的な問題ですが、望ましい基準は文化や個人の影響を強く受けます。また統計データーの読み方にも注意しなければいけないので、基準値の設定には多くの問題が残ってしまうのです。
様々な視点からの考察
このことから、収入の格差の問題を考える時は、広い視点で、さまざまな角度から俯瞰する必要があります。
- 平等と効率
完全な平等は非効率を生み出す可能性がある一方で、極端な不平等は社会不安や経済の停滞につながる可能性がある。 - 機会の平等
収入の格差は社会の階層化を固定して、社会の移動を妨げます。誰もが同じスタートラインに立てるような社会を目指すことは、多くの国で共通の目標となっています。 - 幸福との関係
収入が高いことが必ずしも幸福をもたらすわけではありませんが、ある程度の収入は生活の安定や自己実現に必要です。 - 世代間の公平性
未来の世代の負担を考慮し、持続可能な社会を目指すことも重要です。 - 経済のインセンティブ
ある程度の格差は、人々の努力を促し、経済成長に貢献できること。
「望ましい収入の格差の幅」という問いに対する明確な答えはありません。
しかし、様々な角度から議論し、社会全体の共通の理念をつくっていくことが大切です。
より具体的な議論のために明確にすること
- どの範囲での、収入格差について考えていますか?
(例えば、国全体、特定の産業、あるいは個人間の格差など) - どのような指標を用いて格差を測りますか?
(例えば、ジニ係数、90パーセンタイル対10パーセンタイル比など) - どのような社会を目指しますか?
(例えば、平等な機会、高い生活水準、持続可能な社会など)
これらの点を踏まえて、より深い議論を進めることができます。
経済との効率と社会の公平
人々の収入の差を経済の効率性と社会の公平性の視点から考えてみます。
経済の効率性
経済の効率性という観点から見ると、経済格差は一定程度あるほうが望ましいと言えます。
なぜなら経済格差があることで、人々はより高い収入を得るために、多くの努力や創意工夫をするようになり、それが経済成長につながります。
社会の効率性
一方、社会の公平性という観点から見ると、経済格差が大きすぎることは望ましくありません。
経済格差が大きすぎると、貧困や社会不安の問題につながります。
そのため社会の公平性を考慮して、格差をある程度抑える必要があります。
したがって、望ましい経済格差とは、経済的効率性と社会の公平性という2つの観点をバランスよく考慮したものと言えます。つまり、経済格差が大きくならない程度に、人々の努力や創意工夫を促すような経済の仕組みを整えることが重要です
高所得者への税金を増やす方法
では、具体的に格差を減らすためにはどのような政策をとればいいのでしょうか?
まず、考えられる方法として、高所得者の税負担を増やす方法があります。これは、多くの国で議論されている重要な政策課題です。これには、様々な側面があり、一概に「良い」か「悪い」か断言することは難しいですが、メリットとデメリットを比較検討することで、より良い社会の実現に向けて議論を深めることができます。
高所得者の税負担増のメリット
- 所得再分配の促進
高所得者から税収を集め、低所得者への支援や公共サービスの充実などに充てることで、所得格差を是正し、社会全体の公平性を高めることができます。 - 経済成長への貢献
消費が低迷している状況では、低所得者層への所得移転が消費を刺激し、経済成長に貢献する可能性があります。 - 社会全体の幸福度向上
極端な所得格差は、社会不安や不満を生み出し、社会全体の幸福度を低下させる可能性があります。所得再分配を進めることで、社会全体の幸福度を高めることができるかもしれません。
高所得者の税負担増のデメリット
- 経済活動への悪影響
税負担が過度に高くなると、高所得者が投資や起業を控えるようになり、経済成長を阻害する可能性があります。
また、人材が海外に流出する可能性も考えられます。 - 租税回避・脱税の誘発
高額所得者は、税負担を回避するために、合法的な節税対策や、場合によっては脱税を行う可能性があります。 - 政治的な反発
高所得層からの強い反発を受け、政策の実施が困難になる可能性があります。
その他考慮すべき点として
- 税制の公平性
税負担の増額は、単に高所得者に負担を押し付けるだけでなく、税制全体の公平性を考慮する必要があります。 - 税収の使途
集められた税収をどのように有効活用するかが重要です。 - 国際的な競争力
高い税率は、企業の国際的な競争力を低下させる可能性があります。
高所得者の税負担を増やすことは、収入格差の是正に有効な手段の一つですが、同時に様々な課題もあります。より良い社会を実現するためには、メリットとデメリットを総合的に評価し、様々な人たち議論を深めながら、最適な政策を選択していく必要があります。
低所得者へお金を支給する方法
では逆に、収入の格差を減らすため、低所得者へのお金の給付はどうでしょうか?
所得格差を縮小することは、社会全体を安定させることができます。
しかし、低所得者への給付には様々なメリットとデメリットが考えられます。
低所得者への給付のメリット
- 生活水準の向上
- 食料、住居、医療など、基本的な生活に必要な物やサービスへのアクセスを改善し、生活の質向上につながります。
- 子供の貧困率低下、教育機会の平等化にも貢献する可能性があります。
- 経済全体の活性化
- 低所得者層の消費が増加し、経済全体を活性化させる効果が期待できます。
- 特に地域経済の活性化に貢献する可能性があります。
- 社会全体の幸福度向上
- 相対的剥奪感の軽減により、社会全体の幸福度が向上する可能性があります。
- 社会不安の解消
- 極端な貧困による社会不安や犯罪の発生を抑える効果が期待できます。
低所得者への給付デメリット
- 財源問題
給付のための財源を確保するためには、増税や他の予算からの転用が必要となり、財政状況への影響が懸念されます。 - モラルハザード
給付によって働く意欲が低下し、経済活動への参加が減る可能性があります。 - インフレの発生
消費が増加し、供給が追い付かない場合、インフレが発生する可能性があります。 - 行政コストの増大
給付制度の設計・運営には、多額の行政コストがかかります。 - 他の政策との調整
他の経済政策や社会政策との整合性を図る必要があり、政策全体の効果を低下させる可能性もあります。
その他考慮すべき点
- 給付の対象と金額
どのような層を対象とし、どの程度の金額を給付するかによって、効果や副作用は大きく変わります。 - 給付方法
一律給付、条件付き給付など、様々な給付方法があり、それぞれメリット・デメリットが異なります。 - 長期的な効果
短期的な効果だけでなく、長期的な効果についても検討する必要があります。
低所得者への給付は、所得格差の縮小に効果的な手段の一つですが、その実施には慎重な検討が必要です。メリットとデメリットを総合的に評価し、社会全体の状況や目標に合わせて、最適な政策を設計することが重要です。
より深い議論のために
さらに、議論を深めるには次のような問題に取り組む必要があります。
- 具体的な税制の設計
どのような税種を対象とし、どの程度の税率を適用するのか、具体的な税制の設計が重要です。 - 税負担の公平性
累進課税の程度や、非課税所得の扱いなど、税負担の公平性をどのように確保するのかが課題となります。 - 経済への影響の分析
税負担増が経済成長に与える影響を、シミュレーションなどを用いて詳細に分析する必要があります。 - 国際的な動向
他国の税制改革の動向を注視し、自国の税制を国際的な基準に合わせる必要があります。
- 具体的な給付方法
一律給付、条件付き給付、負の所得税など - 財源の確保方法
増税、国債発行、他の予算からの転用などどうするのか決めなければいけません。 - 効果測定
給付の効果をどのように測定するか、国民への説明が分かりやすく行われなければいけません。 - 国際的な比較
他の国の事例を参考にするのも有効です。
この問題について、より深く議論するためには、経済学、政治学、法学など、様々な分野の専門家の知見を結集することが重要です。
日本においては、近年、経済格差が拡大傾向にあります。そのため、望ましい経済格差を実現するためには、政府や民間企業などの各主体が協力して、さまざまな取り組みを進めていく必要があります。
まとめ
「格差」について解説しました。
私たちは生まれた家族やその容姿や能力など自分の力では変えられない不公平さによって起こる、収入の「格差」があることを問題視します。お金は社会全体にできるだけ公平に分配されるべきと考え、社会で得られた富の一部を税金という形で国に納め、それを再分配することを認めています。
収入が多いほど税負担の割合を高くすることで高収入者から徴収し、低所得者へ支援します。支援はお金の支給だけではありません。税金の免除、公的機関のサービス、就労支援などがあります。お金の支援は効果がありますが、就労意欲を削ぐことがあるので一人一人の状態に合わせた支援をすることが大切です。
参考文献
ティモシー・テイラー 経済学入門
第4節 経済成長と格差の関係 - 内閣府 (cao.go.jp)
貧困格差の現状を分厚い中間層の復活に向けた課題 厚生労働省(mhlw.go.jp)
図録▽ジニ係数による所得格差の推移(日本と主要国) (honkawa2.sakura.ne.jp)
図録▽極貧人口比率の長期推移(日本と主要国) (honkawa2.sakura.ne.jp)
日本人は賃金格差の原因をイマイチわかってない いかに労働規制で対処しても問題は解決されない | 野口悠紀雄「経済最前線の先を見る」 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)