前回は「独占禁止法」について見てきました。
ある企業が一つの業界のシェアを独占してしまうと、利潤を最大化するため供給量を減らし価格を引き上げが行われ、社会全体に不利益になってしまいます。企業はなるべく競争を避け、自ら価格と生産量を決められる存在になりたがっているので、その流れを食い止め一企業の独占を規制するためにも「独占禁止法」が多くの国で採用されています。
この「独占禁止法」は、企業の独占を取り締まる良い方法ですが、一部の業界によっては市場競争がうまく働かず、競争が成り立たなかったり、競争によってその業界全体が利益を出せずにつぶれていくこともあります。
例えば、電気や水道、ガスといった公共インフラは市場競争と相性の悪い分野です。かといって一企業の独占を許しては消費者が不利益を被ることになります。そのため独占が起こりやすい業界には多くの規制がかけられています。
ここではそんな公共インフラにまつわる規制について見ていきます。規制は私たちの生活にどのような影響があるのでしょうか?
公益事業とは
私たちの生活に欠かせない水道や電気、ガス会社は民間企業でありながら、実質的には国の事業に近い状態に置かれています。こうした事業は公益事業と呼ばれ国の規制の対象になっています。
公益事業とは、私たちの日常生活に必要不可欠な物またはサービスを提供する事業のことです。水道、電気、ガス、運輸、郵便、電信電話、などの事業があります。
公益事業には2つの特徴があります。
- 公衆の日常生活に必要不可欠な物またはサービスを提供すること
- 固有の自然的・技術的性格から、独占的性質をもつこと
公益事業はなぜ独占的な性質になってしまうのでしょうか?
水道を例にして考えてみましょう。
もし、自分の街に水道会社が複数あったとします。私たちはその中から好きに水道会社を選べるとします。そうするとどうなるでしょうか?
各企業が好きなように地面の中に、自社ブランドの水道管が埋められていきます。道路の下は何本もの水道管が走るようになり、街はいつも水道管工事でいっぱいになります。これは社会全体でみると明らかに非効率です。このようなことは、ガスや電気、通信でも同じことが言えます。何本ものガス管や電柱や通信局は景観も良くないですし、じゃまなだけです。
このようなことが起きないように、電気会社や水道会社は民間企業であっても、実際は国の事業に近い状態になっていて、各自がそれぞれ勝手なことをしないように、多くの規制がかけられています。
公益事業の2つの特徴
公益事業は下の2つの特徴があります。
- 初めにかかる費用がとても大きい
- 運用コストが低い
水道やガスなどの公益事業はどの人にとっても必要なものなので、すべての家にまんべんなく届けることを使命としています。そのため初期にかかる工事費が莫大になってしまいます。そしていったん立ち上げてしまえば後は低いコストで運用できるという特徴があります。
初期費用がが大きいのと新規参入が入りにくく独占になりがちです。
また、複数の企業が競争状態になっていたとしても、2つ目の特徴の「低いコストで運用できる」ために、インフラ整備の終わった後は価格競争でお互いが食いつぶすことになりがちです。各社そろってつぶれるか、あるいは合併して結局独占状態になります。初期投資の高く、運用コストの低さという仕組みが自然と独占を生み出すので「自然独占」と呼ばれています。
このような業界に対して何らかの規制が必要になります。
総括原価方式という価格設定
水道や電気事業には事業を始めるときには許可が必要ですし、その設置基準や利用料金が細かく規制されています。
その中でも有名なのが利用料金の「総括原価方式」という計算方法を利用する規制です。
「総括原価方式」とは、公共料金の算定方法のひとつです。
事業に必要なすべての費用を「総括原価」とし、そこに適正な利潤を上乗せして料金を算出します。
総括原価には、以下の費用が含まれます。
- 燃料費
- 設備費
- 運転費
- 人件費
- 減価償却費
- 利息
これらの費用に利益をわずかに上乗せして利用料金を決定します。公益事業者は価格を自由に決めることが出来ず、この決められた価格で販売することが義務付けられています。「総括原価方式」は合理的で安定的に利益を確保でき、事業に投資した資金を比較的簡単に料金の算定に反映させることができるというメリットがあります。
けれど、常に一定の利益が保証されているのでコスト削減や事業の効率化が進みにくいですし、また革新的な技術を生み出そうとするモチベーションもはたらきません。
さらに「総括原価方式」の規制をうけた企業はコストを増大させる方向に動く力が働きます。
巨大な設備をつくり、大勢の人を雇い、非効率的な業務が続いてしまうのです。
料金上限方式という料金設定
総括原価方式の批判を受けて、新たに登場した計算方法が「料金上限方式」です。
「料金上限方式」とは、事業者が設定できる料金を政府が規制する方式です。料金上限方式では、事業者は料金を上限を超えて設定することはできません。
総括原価方式と料金上限方式の大きな違いは、事業者が料金を自由に決められるかどうかにあります。
「総括原価方式」では、事業者は、必要なすべての費用を「総括原価」とし、そこに適正な利潤を上乗せして料金を設定できました。そのため、事業者は、料金の収入で事業に必要なすべての費用を賄い、かつ適正な利潤を確保することができます。
一方、「料金上限方式」では、事業者は、政府が定めた料金上限を超えて料金を設定することはできません。そのため、事業者は、料金の収入で事業に必要なすべての費用を賄うことが難しくなり、利潤を削減する必要がある場合もあります。
料金上限方式は、料金の過剰な引き上げを抑制したり、競争の促進や効率化を図ることができますが、事業者の経営の自由度が制限されたり、料金が低くなりすぎる可能性があると言われています。
日本では、電気事業法第19条、ガス事業法第17条、水道法第14条において、総括原価方式による料金算定が定められています。そして電気料金は2016年から、ガス料金は2020年から、水道料金は2023年から料金上限方式が導入される予定です。総括原価方式と料金上限方式を組み合わせて公共サービスの安定供給と競争の促進を両立させようとしています。
まとめ
水道、電気、ガスなどの公益事業の規制について見てきました。
公益事業は初期投資が大きく、その後の運営にお金がかからないという特徴から自然に独占が起こりやすい事業でした。そのため多くの規制がかけられ社会全体に不利益にならないよう配慮されています。特に販売料金については「総括原価方式」や「料金上限方式」といった料金計算方法をとるように国から規制されています。
国の規制は、公共サービスの安定供給のため、そして適切な競争が促進されコスト削減や新しい技術が生まれる環境をつくるためにかかせないものなのです。
参考文献
経済学入門 ティモシー・テイラー
総括原価方式とは? 電力自由化と電気料金の関係|でんきナビ|Looopでんき公式サイト (looop-denki.com)