前回は、企業の競争について見てきました。
企業の競争は技術開発やコストダウンを促し、価格やサービスがよくなり消費者の利益になりますが、企業はできるだけ競争を避けようとするのでルールが必要でした。
今回はそのルール、「独占禁止法」について解説します。
企業はどのような制約を受けているのでしょうか?
私たちの利益を守るためにも「独占禁止法」は大切な法律です、ぜひ一緒に見ていきましょう。
アダムスミスの独占論
自分だけ有利な立場で儲けたい!
と思うのは誰もが一度は考えることではないでしょうか?
苦労して作り上げたものがすぐにまねをされたり、似たようなものを作るライバルがいたり・・・そんな状況を避けて、自分だけ有利な立場に立つにはどうしたらよいか? と考える人は今も昔も変わらず存在しました。
1776年にイギリスのアダム・スミスが「国富論」の中でこのように述べています。
同業者というものは、楽しみや気晴らしのために集まっているときでも、人々をあざむく悪だくみや価格の引き上げのための共謀について話し合っているものだ
アダム・スミス 国富論
独占者たちはいつも市場を供給不足にしておくことで、自分たちの商品を自然価格よりもずっと高い値段で売ろうとする。
アダム・スミス 国富論
アダム・スミスは「経済学の父」と呼ばれているスコットランドの経済学者です。
スミスは自由競争の重要性を唱え、企業の独占については、それが市場の効率性を阻害し、消費者に不利益をもたらすと考えていました。
スミスが独占を問題視した4つの理由
スミスはなぜ企業の独占を批判したのでしょうか?
それには次の4つの理由に分けることができます。
- 価格の上昇
独占企業は競争相手がいないため、商品やサービスの価格を自由に決め、消費者に不当に高い価格をつける可能性があります。 - 品質の低下
競争がないため、独占企業は製品の品質改善や新しいサービスの開発に積極的にならず、消費者の選択肢を狭めることになりかねません。 - イノベーションの阻害
独占企業は、新しい技術や製品の開発に投資するインセンティブが低く、技術革新に熱心にならない可能性があります。 - 社会全体の富の減少
独占は、市場全体の効率性を低下させ、社会全体の富の増加を妨げてしまうと考えたのです。
スミスが提唱した対策
スミスは、独占を完全に否定していたわけではありませんでした。
事業によっては複数企業が共存することが非効率的になる場合(郵政、通信事業など)があるので、独占はある程度認めていました。
けれど、一般的に独占は消費者にとって不利益になるため、政府が積極的に介入し独占を抑制必要がある主張しました。
スミスは具体的には、次のような対策を提唱しています。
- 独占禁止法の制定
独占企業の市場支配力を制限するための法律を制定し、不当な競争行為を禁止すること。 - 政府による規制
公益性の高い産業(例えば、公共交通機関)については、政府が直接運営したり、規制を強化したりすること。 - 自由貿易の促進
海外からの競争を促進し、国内の独占企業の力を弱めること。
自由競争の重要性を説いたアダム・スミスでしたが、独占は「競争」がないために自由市場のメカニズムが働きません。そのため政府の規制が必要になると説いたのです。
現代における独占問題
スミスは、政府による過度な介入もまた、市場の効率性を阻害すると考えていました。
そのため、政府の介入は、市場の競争を促進し、消費者の利益を守るという目的を達成するために、最小限にとどめるべきであると主張しています。
しかし、スミスの時代から、独占の問題は現代社会においても依然として重要な課題となっています。IT業界におけるプラットフォーム企業の独占や、特定の業界における数社の寡占など、様々な形態の独占が問題視されています。
独占禁止法
日本では企業の独占を取り締まる法「独占禁止法」があります。
日本の独占禁止法は、正式には「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」といいます。
この法律は、自由な競争を妨げる行為を禁止し、消費者により良い商品やサービスを適正な価格で提供できるようにすることを目的としています。
独占禁止法が禁止する主な行為
不公正な取引方法:下請け企業に対する不当な取引条件の押し付けなど
私的独占:一つの企業が市場を独占し、他の企業の参入を妨げる行為
不当な取引制限:カルテル(企業間の価格カルテルなど)、入札談合など、企業間で競争を制限する行為
自由な競争を妨げるもの、新規参入を妨げる行為などは禁止されています。
次に具体的な事例を見ていきましょう。
日本での有名な事例
日本の「独占禁止法」に違反した有名な事例としては、以下のようなものが挙げられます。
- カルテル違反
カルテルとは、競争を制限する目的で、複数の事業者が合意して価格や供給量を決定する行為のことです。カルテルは、独占禁止法の最も典型的な違反行為です。
有名なカルテル事例としては、以下のようなものが挙げられます。
1974年 鉄鋼カルテル事件 (鉄鋼メーカーが価格や生産量を調整していた)
1993年 自動車部品カルテル事件 (自動車部品業界の癒着が明らかになる)
2002年 ビルダーカルテル事件 (建設業界の実態が明らかになった事件)
2016年:タイヤカルテル事件 (タイヤメーカーの癒着で課徴金380憶を支払い命令)
- 入札談合
入札談合とは、公共事業などの競争入札のときに複数の事業者が合意して入札価格や落札者を決めてしまう行為です。入札談合は、公正な競争を歪める行為として、独占禁止法で禁止されています。
有名な入札談合事例としては、以下のようなものが挙げられます。
1978年 建設業者談合事件
1997年 国立大学談合事件
2001年 国立病院談合事件
2014年 コンクリートスタンド談合事件
- 優越的地位の濫用
優越的地位の濫用とは、市場において支配的地位を有する事業者が、その地位を利用して他の事業者を不当に排除・差別する行為です。
有名な優越的地位の濫用事例としては、以下のようなものが挙げられます。
1973年 日本電信電話公社事件
1997年 NTTドコモ事件
2005年 トヨタ自動車事件
2015年 楽天市場事件
- 再販売価格の拘束
再販売価格の拘束とは、メーカーが指定した価格で販売しない小売業者等に対して、卸価格を高くしたり、出荷を停止したりして、小売業者等に指定した価格を守らせることです。
有名な再販売価格の拘束事例としては、以下のようなものが挙げられます。
1969年 日立冷蔵庫事件
1979年 ワープロ事件
1994年 パソコン事件
2010年 カメラメーカー事件
これらの事例すべて独占禁止法に違反する行為です。
また最近では、2021年に公正取引委員会が、IT大手4社(Google、Amazon、Apple、Microsoft)に対して「排除措置命令」が出されました。この命令は、デジタル市場における競争を促進するためのものであり、今後もデジタル分野における独占禁止法の運用は強化されていくことが予想されます。
私たちの利益を守るためにも企業間の競争は欠かせません。そのため日本には公正取引委員会という機関が企業への監視をしています。
独占禁止法を運用する公正取引委員会とは
たいへん残念なことですが、独占禁止法を逃れようとする企業が毎年たくさん捜査されています。
日本で独占禁止法を運用しているの公正取引委員会です。公正取引委員会は1947年に設立され「独占禁止法」を運用する権限を持っています。
ちなみにこの「委員会」という名称に疑問を感じる方もいらっしゃるかと思います。国の行政機関なら、○○省や◎◎庁とつくはずです。公正取引委員会の「委員会」とは「行政委員会」と呼ばれる合議制の機関のことです。
「行政委員会」には労働委員会・公安委員会・選挙管理委員会などがあります。公正取引委員会もその機関の中の一つです。内閣府の監督下にあり、省庁や地方公共団体の指図を受けず独立に活動することができます。
公正取引委員会を率いるのは5人の委員です。
彼らは国会の承認を経て内閣総理大臣が指名します。任期は5年です。
公正取引委員会は設立当初は総務省の外局にありましたが、2003年に内閣府の外局に移行しました。
移行の背景には、公正取引委員会の独立性と透明性の強化が求められたことが挙げられます。内閣府の外局として移行することで、総務省の管轄から離れ、内閣総理大臣の直接的な指揮監督を受けることなく、独立して業務を遂行することが可能になりました。
ちなみに公正取引委員会は、法務省の管轄に置かれているとの誤解がしばしば見られます。
これは、公正取引委員会が独占禁止法などの競争法を運用していることから、法務省の管轄に置かれているのではないかと誤解されるためと考えられます。
しかし、公正取引委員会は、内閣府の外局であり、法務省の管轄に置かれてはいません。
公正取引委員会の活動
各省からの独自性がある公正取引委員会ですが、その活動内容を詳しく見ていきましょう。
公正取引委員会は、ある企業に独占禁止法の違反疑いがあればその調査を行い、その違反が認められると、違反行為をやめるように命令することができます。その手順を見ていきましょう。
- 調査開始
公正取引委員会の調査(職権探知)は、一般の方などからの報告(申告)によって、独占禁止法に違反する疑いのある行為を発見し、事件の審査を開始します。企業から自主的に違反行為を申し出ることで課徴金が減免されるケースや中小企業庁からの請求を受けることもあります。 - 行政調査
違反の疑いのある企業やお店を調査することを「行政調査」といいます。
公正取引委員会は、企業やお店の事務所に行って、立入検査を行い、違反した証拠となる帳簿、取引記録など関係資料を調べることが出来ます。
さらに必要に応じて関係者を呼んで、事情聴取などを行い、違反行為に関する事実を解明していきます。刑事告発に相当すると判断された事件の調査を行う場合は、裁判官が発する許可状によって強制調査することもできます。 - 意見聴取手続き
調査の結果、排除措置命令や課徴金納付命令を行う場合に必ず行われる、企業から意見を聴く手続のことを「意見聴取手続」といいます。この手続きによって対象になった企業は、処分内容の説明を受けた上で、意見の陳述、証拠の提出、質問を行うことができます。 - 排除措置命令と課徴金納付命令
違反行為をした企業やお店に、速やかにその行為をやめ、市場における競争を回復させるのに必要な措置を命じます。(排除措置命令)。カルテル・入札談合、私的独占及び一定の不公正な取引方法を行った企業やお店に課徴金を国庫に納めるように命じることができます。もし確定した「排除措置命令」に従わない企業やお店は、刑事罰を受けます。
公正取引委員会は、独立した機関として民主的な自由で公正な競争を促進し、違法があれば行政執行します。
また国民や事業者に独占禁止法の趣旨や意義を広く知ってもらって、競争政策の改善や新たな課題の問題の提起を目指しています。
競争環境をチェックすることと、それをみんなに知ってもらうこと、それによって市民生活を守ることが公正取引委員会の大切な役割なのです。
まとめ
公正取引委員会が運用する独占禁止法について解説しました。
企業は基本競争をしたがりません。けれど競争が行われないと消費者は、不当に高い値段で商品やサービスを支払わなければいけなかったり、手に入りづらくなったりして不利益になります。そのため「独占禁止法」によって競争する環境を保つことが「公正取引委員会」の役割になります。
公正取引委員会は、企業が法に違反していると思われた場合は立ち入り検査し、違法行為が行われたと判断したら行政処分を行います。そして競争の意義を国民や事業者に広く理解してもらい競争を維持すること、そして独占禁止法の問題点の改善や新たな課題に取り組むことが公正取引委員会の使命です。
参考文献
経済学入門 ティモシー・テイラー
公正取引委員会の紹介 | 公正取引委員会 (jftc.go.jp)
公正取引委員会 - Wikipedia
sanken.keio.ac.jp/law/law/anti_monopoly_law/chp-08.html