皆さんは「海外からモノを買ったり、売ったりする」ことについてどんな印象を受けますか?
「日本では手に入らないものが手に入ってうれしい」
「安く手に入って助かる、逆に質の良いものが買えてよい」
「異文化に触れられる」
などの、海外からモノを買うことのメリットがある一方で、
「国内の産業が負けてしまう」
「文化や法律の違いでトラブルに巻き込まれる」
「税金が掛かる」
などのデメリットもあります。
国内の消費があまり盛んではなく、その商品が国内で余っている場合、他の国から安い商品が入ってきたら競争に負け、その国内産業はつぶれる可能性があります。
18世紀後半、産業革命がイギリスで起こり、その工場でつくられた織物、鉄鋼品などが安く海外へ流れ込むと、各国は自国の産業保護について真剣に考えるようになります。
経済学は、18世紀後半にイギリスで誕生した学問です。
産業革命によって新しく発生した労働問題、また政府の経済への介入などの、新しい経済現象を理解し、人々の活動を分析しようとする動きから経済学は生まれました。
ここではそんな経済学の初期に考えられた「セイの法則」について解説します。
セイの法則は「現実の世界を正しくとらえきれていない」という批判があり、今では正しくないとされていますが、経済学の範囲は私たち個人の世界から、国の役割までと幅が広いため捉えどころがありません。セイの法則のように単純化すると経済も理解しやすく、問題点も見つけやすいというメリットがあります。
セイの法則
「セイの法則」とは、ジャン=バティスト・セイというフランスの経済学者の考え出した法則です。
セイの法則を簡単にまとめると
- 商品やサービスが生産され供給が増える
- そこに関わった人にお金が入る
- お金を手に入れた人はそのお金を使って買い物する
- そのため需要が自動的に増え、経済全体が活性化する
という論理です。
しかし、このセイの法則が正しく進んでいくためには厳しい「前提条件」があります。その前提条件がないとセイの法則は上手く進まないばかりではなく、経済が停滞するとされています。
セイの法則の新しさは、当時「供給と需要は常に一致する」という考え方に供給の必要性を投げかけた理論なのです。
セイの法則と重商主義
「セイの法則」が生まれた当時のヨーロッパの状況はどんな状況だったのでしょうか?
当時のヨーロッパは今とは違い、陣地争いと植民地拡大に力を注いでいました。
セイの法則が発表された1803年当時のフランスはナポレオンが権力の座に就こうとしていました。フランスの敵は当時最大の大国だったイギリスです。
1800年代の経済学は「重商主義」と呼ばれる考え方が主流でした。
「重商主義」とは、国の持つスローガンをあらわします。「民主主義」とか「社会主義」などと同じ種類の言葉です。
重商主義の国は「金や銀などを貨幣とみなした貴金属を蓄積し国の富を増やすこと」が一番大事と考えて、輸出を増やし輸入を抑えて国内に金銀を蓄積することを、国の政策の一番の目標にしている国のことを指します。
セイは、この重商主義をとる国家に対して、経済を発展させるためには供給がまずあるべきと考えました。商品の供給、つまり商品が生産されれば、誰かがその商品を購入するので、そこに所得が発生します。つまり、生産が増えれば、購買力も増え、経済全体の需要が拡大させ、その国を強くする、と主張しました。
このセイの新しい考え方に対して、当時フランスの皇帝だったナポレオンは、国内に富を貯めて戦費にすることを第一に考える「重商主義者」だったため、セイの考えには賛同しませんでした。ナポレオンはセイに主張を書き直すように言われましたが、セイは受け入れなかったので、議員だったセイを別な役職に飛ばしてしまいます。このことについてセイはとても失望したと伝えられています。
重商主義とセイの法則の違いをまとめると次のようになります。
1. 供給と需要の関係について
- 重商主義:供給が増えるとモノが増えすぎるので価格が下落し、経済に悪影響を与えるので供給は抑えなければいけない。
- セイの法則:供給が増えると需要も増え、経済全体が活性化する。
2. 政府の役割について
- 重商主義:政府は輸出を促進し海外から金や銀といった富を国内に増やし、輸入を規制して国内の富が海外へ流れないように積極的に政府が市場に介入する。
- セイの法則:政府は市場の自由な働きを阻害しないことが重要。自由貿易によって経済成長が促進する。
3. 経済成長
- 重商主義:国の富は金銀の蓄積によって決まる
- セイの法則:国の富は生産力によって決まる
セイの法則の3つの新しさ
セイの法則の新しさは次の3つにまとめられます。
- 商品の供給、それ自体が需要を創出するという新しい考え方を提示したこと
- 経済全体の需要は常に供給と一致するという「市場の自己調整メカニズム」を主張した
- 政府の介入は必要最小限に留めるべきという自由市場経済の理念を支持した
今では当たり前のようなこれらの考え方は、当時としては非常に革新的であり、経済学の発展に大きな影響を与えました。

セイの法則の前提条件
セイの法則によると、供給を増やしていけば、需要が高まり経済発展していきます。
けれどそのためには厳しい前提条件を満たしていなければいけません。それについて見ていきましょう。
セイの示す前提条件は大きく分けて5つあり、これらすべてをクリアしなければいけません。
- 市場は完全競争でなければいけない
- すべての経済に関係している人たちはみな同じ情報を持っていること
- 労働市場は常に柔軟に自由に変化して均衡していること
- すべての労働者は雇用されていること
- 貯蓄はすべて投資に回ること
これらの前提条件が満たされれば、供給が増えると、以下のメカニズムによって需要も自動的に増加し、経済全体が活性化します。
- 供給が増えると、商品の価格は下がる
- 商品の価格が下がると、消費者はより多くの商品を購入するようになる
- 消費者がより多くの商品を購入すると、企業の収益が増える
- 企業の収益が増えると、企業は新たな投資を行う
- 企業が新たな投資を行うと、雇用が増える
- 雇用が増えると、人々の所得が増える
- 人々の所得が増えると、消費がさらに増える
このように、供給が増えると、需要も増加し、経済全体が活性化していくはず、というのがセイの論理です。
けれど、この条件は現実的にはさまざまな問題があります。
セイの法則の限界
セイの法則は、経済学の発展に大きく貢献しましたが、その論理は理想が高すぎるとして、いくつかの限界も指摘されています。
- 市場は価格や賃金が変化しにくく自己調整メカニズムは必ずしも機能しない
- 経済全体の需要が常に供給と一致するとは限らない
- 貯蓄が投資を上回ると需要不足になる
- 政府の介入が常に悪影響とは限らない
- 失業者が存在するとモノが売れ残ってしまう
このように現実にはさまざまな障害が立ちはだかります。
例えば、市場には独占企業が存在し、経済主体は完全情報を持っていないこともあります。
また、労働市場は常に均衡しているわけではなく、失業が存在します。
このような状況では、供給を増やしても需要が自動的に増加していくとは限りません。むしろ、供給過剰になり、企業の収益が減少して、経済が低迷してしまう可能性もあります。
セイ自身も、恐慌のような需要不足を体験し、セイの法則が成立しないことを目の当たりにし、後年には自身の理論に修正を加えています。
セイの法則は、現実にはかならずしも成立しないということは、経済学の発展にとって重要な意味を持っていました。この「成立しない」という発見によって、経済学者たちは、需要不足の原因や対策について、より深く考えるようになります。
現代におけるセイの法則
セイの法則は「供給が需要をつくる」という経済学でも初期の論理で現実離れしていると言われることもありますが、現代にも当てはまる例はたくさんあるので、特に興味深い3つの例を紹介します。
- スマートフォンの普及
スマートフォンが登場した当初、人々はそれがどのように役立つのか、あるいはなぜそれが必要なのかを理解していませんでした。しかし、アップルや他の企業がスマートフォンを生産・供給し始めると、人々はその利便性を理解し、新たな需要が生まれました。また、スマートフォンの登場はアプリ市場という全く新しい市場を生み出し、さらなる需要を創出しました。 - インターネット経済
インターネットの普及は、経済活動に大きな変化をもたらしました。
オンラインショッピング、クラウドサービス、ソーシャルメディアなど、インターネット上で提供されるサービスは年々増加しており、新たな需要を創出しています。
また、インターネットは世界中の人々を結びつけることで、新たな市場を開拓し、経済成長を促進しています。 - 3Dプリンティング
3Dプリンティングは、従来の製造方法とは異なり、デジタルデータをもとに物体を造形する技術です。
この技術は、従来では製造できなかった複雑な形状の物体を作ることができるため、新たな需要を創出しています。
また、3Dプリンティングは、製造業の分散化を促進する可能性を秘め、経済に大きな影響を与えることが期待されています。
これらの例は、セイの法則が現代にも当てはまることを示しています。
つまり供給が新たな需要を創出し、経済成長を促進するメカニズムは、現代社会においても依然として通用する重要な考え方なのです。
まとめ
セイの法則は、19世紀初頭にフランスの経済学者ジャン=バティスト・セイによって提唱されました。
当時の社会は、金や銀などの富を国内にため込むことがその国の豊かさと考えられ、政府は輸出を奨励し、輸入を制限する経済介入が主流でした。そこにセイは自由な貿易こそが経済の活性化を促すため、政府の介入は必要ないと主張します。
セイの考える国の富とは、商品の生産と交換こそがその源泉でした。自由貿易こそが経済を発展させる最良の方法と考え、政府による経済への介入を制限するよう働きかけたのでした。
セイの法則は、発表当時は大きな反響を呼びました。
しかし、その後、ケインズ経済学などの新たな経済理論が登場し、セイの法則は批判的に検討されるようになります。
ケインズ経済学では、有効需要不足が経済停滞の原因となる可能性を指摘しており、セイの法則の前提条件が現実経済では必ずしも成立しないことが分かってきました。
しかし、セイの法則は、現代経済学においても重要な理論として位置づけられています。特に、自由貿易の重要性については、現在でも多くの経済学者がセイの考え方に賛同しています。
現代経済学では、セイの法則とケインズ経済学の両方の考え方を考慮しながら、経済分析が行われています。
参考文献
ティモシー・テイラー 経済学入門
最新世界史図説 帝国書院
ジャン=バティスト・セイ - Wikipedia
セイの法則 - Wikipedia
セイの法則|用語集|デジマール株式会社 (digimarl.com)