前回は、ある経済活動が、意図せずに社会に影響を及ぼすことがあり、その影響が、良くないことだった時には、現状を回復させるために「費用(コスト)」がかかること、そのコストは法律などを利用して誰かに負担させることができること、について解説しました。
では次に、ある経済活動が意図せずに社会全体に良い影響があった場合について見ていきましょう。良い影響なので問題ないように思えますが、これも市場の失敗の一つに考えられています。
このように、ある経済活動が、その取引相手だけではなく、そのほかの社会全体に意図せずに良い影響を及ぼすことを「正の外部性」と呼びます。ちょっと難しい言葉ですが経済のしくみを考えるために便利な言葉ですので、使っていきましょう。
正の外部性
正の外部性とは、ある経済主体の活動が、その主体とは直接関係のない他の主体や社会全体に、意図せずとも便益をもたらす経済現象のことです。
具体な例
- 教育
教育を受けた個人が、より生産性の高い労働者になったり、より良い市民になることで社会全体に貢献します。 - 研究開発
新しい技術の開発は、その企業だけでなく他の企業や社会全体の発展にもつながります。 - 植林
植林は、大気の浄化や水源の涵養など、周辺地域や社会全体に環境的な恩恵をもたらします。 - 芸術活動
音楽や美術などの芸術活動は、人々の心を豊かにし、文化的な価値を高めます。
このように身近にもたくさんの正の外部性を持つ活動があります。
一見何の問題もなさそうですが、何が問題なのでしょうか?
正の外部性の問題点
正の外部性は、市場メカニズムが社会にとって最適な資源配分を実現できていない、と考えられるため、市場の失敗なのです。
なせ、最適な資源配分ができていない考えるでしょうか?
それは次の2つの理由があります。
- 供給不足
正の外部性がある場合、市場メカニズムだけでは、その財やサービスが社会にとって最適な量だけ供給されない傾向があります。
なぜなら、生産者が、自分自身に直接的な利益をもたらす部分しか考慮して生産すないため、社会全体への良い影響を考慮しないからです。
要するに、社会全体の利益を考えたら、もっとたくさんの量が必要なのに、ほどほどで満足してしまっているわけです。 - 社会全体の利益の損失
正の外部性があるにも関わらず、それが適切に評価されなければ、社会全体が享受できるはずの利益が損なわれてしまいます。
つまり、新しい技術はなかなか理解されないものです。
正の外部性の具体的な例
- 教育
教育は、個人の能力向上だけでなく、社会全体の生産性向上にも貢献します。
しかし、個人に与えられた教育の利益は個人だけでなく社会全体に及ぶため、個人だけで教育費用を負担するのは不公平であり、教育の場、つまり供給が不足する可能性があります。 - 研究開発
新しい技術の開発は、その開発企業だけでなく、他の企業や社会全体にも利益をもたらします。
しかし、企業は、自社の利益になる部分しか考慮せず、社会全体の利益を考慮しないため、研究開発費が不足する可能性があります。
このように、ある活動が「該当者だけの利益ではなく、社会全体の利益になる」という考えが不足していると、その場所に費用が十分回らず、社会全体の不利益が増えることになるのです。
このような状態を防ぐため、各国の政府は政策として補助金や知的財産権、特許権などをつくり企業の利益を守っています。
正の外部性と政府
ある経済活動が社会全体の利益になる場合、各国政府は、正の外部性を最大限に引き出すために、様々な政策を行っています。
1. 補助金
- 教育への補助金
学校の設立や運営、奨学金の支給などを通じて教育の機会を拡大し、人材育成を促進します。 - 研究開発への補助金
新技術の開発や基礎研究を支援することで、産業の発展や社会全体の福利の向上に貢献します。 - 環境保全への補助金
太陽光発電や省エネ設備の導入を支援することで、環境問題の改善を促します。
2. 税制上の優遇
- 研究開発費の税額控除
企業が研究開発に投資する費用を税額控除することで、研究開発活動を促進します。 - 寄付に対する税控除
非営利団体への寄付に対して税控除を行うことで、慈善活動や社会貢献を奨励します。
3. 規制緩和
- 新規事業参入の障壁の撤廃
新しいビジネスモデルの創出を促進し、経済全体の活性化に貢献します。 - 手続きの簡素化
行政手続きの負担を軽減し、企業の活動を円滑化します。
4. 情報提供
- 消費者への情報提供
製品やサービスに関する情報を提供することで、消費者の合理的な選択を支援します。 - 企業への情報提供
技術開発や市場動向に関する情報を提供することで、企業の経営を支援します。
5. 公共サービスの提供
- 教育の提供
義務教育制度などを通じて、国民に平等な教育機会を提供します。 - 医療の提供
公共医療機関の設置や医療保険制度の運営を通じて、国民の健康維持に貢献します。 - インフラ整備
道路、鉄道、港湾などのインフラ整備を通じて、経済活動の活性化を促進します。
6. 法制度の整備
- 知的財産権の保護
発明や創作活動を奨励し、技術革新を促進します。 - 環境規制
環境汚染を防ぎ、持続可能な社会の実現を目指します。
これらの政策は、正の外部性を生み出す活動に対して、直接または間接的にインセンティブを与えることで、社会全体の福利を向上させることを目的としているのです。
正の外部性に対する政府の政策は、社会全体の福利を向上させるために不可欠です。政府は、補助金、税制上の優遇、規制緩和、情報提供、公共サービスの提供、法制度の整備など、様々な政策手段を通じて、正の外部性を最大限に引き出そうとしています。
正の外部性と法
見てきたように、経済活動の影響が、その取引相手との間だけではなく、もっと大きな社会全体の利益になると考えられる活動は、正しく評価され、必要に応じて政府が補助をしていく必要があります。
前回の負の外部性の場合の例、環境汚染では売買に関係のない人に悪い影響がありました。
逆に、新しい技術の開発によって良い影響が、なんの費用をかけることなく社会全体がその利益を受けることができました。
その「正の外部性」によって、新しい技術の利益を多くの人が受けられますが、その開発者自身は新技術が簡単にまねされたりすることによって、その利益が十分にを受けられない場合、新しい技術の研究開発が進みません。
技術革新を進ませるには、研究開発にかかる費用をさらに上回るような経済的利益が受け取れるようなシステムをつくらなければいけません。
例えば、特許権や商標登録、著作権などの開発者保護の法律が技術開発にはとても重要なのです。
新しいアイデアの実現の難しさ
新しいアイデアを形にするのはどんな天才と言われる人でも苦労をしています。
例えば、今では発明王と呼ばれるエジソンですが、彼は初めての特許を取ったのは1868年に取得した「電気投票記録機」です。この発明は、議会での投票を電信によって自動的に記録する機器で、当時画期的な発明でした。
しかし、当時の議会では、この発明の必要性が認められず、実用化されることはありませんでした。それ以来エジソンは売れるものを発明しようと固く心に誓っています。
また、人類初の飛行をしたライト兄弟は、1903年に「飛行機の飛行制御手法」に関する特許を取得しました。
しかしライト兄弟のライバルだったサミュエル・ラングレーも、1903年以前から飛行機の開発に取り組んでおり、ライト兄弟の特許に異議を唱えました。両者の間で特許訴訟が起こり1909年にライト兄弟が勝訴しましたが、訴訟費用は膨大なものとなりライト兄弟の財政状況は悪化し、新しい飛行機開発はできなくなりました。
これらのエピソードは、完全な自由市場において科学的な研究や技術革新が生まれにくいことを教えてくれます。すばらしい発明をしたとしても、経済的に報われる保証はないからです。
ある企業が多額の資金をかけて新しい技術開発に取り組んだとします。
しかし失敗の連続で費用ばかりで費用がかかりすぎて、利益が減れば競合他社に負けてしまいます。大きな損失を出せば倒産する可能性もあります。
しかも、めでたく開発に成功したとしてもそこで終わりではありません。新技術に対する規制がまったくなければ、新しい商品はすぐに真似され、アイデアは盗まれてしまいます。
そんなことになれば新しい技術を開発したとしても費用を負担しただけで、何の利益も得ることがありません。
技術開発が活発に行われるよう、政府は開発者を守るためのルールをつくり、支払った費用に合った利益を開発者が受け取れるようにしているのです。
正の外部性と負の外部性の比較
経済の失敗と言われる「正の外部性」を見てきました。
正の外部性の反対に、前回見てきた負の外部性があります。
ここで、まとめておきます。
特徴 | 正の外部性 | 負の外部性 |
---|---|---|
他者への影響 | 便益をもたらす | 費用をもたらす |
市場における供給量 | 不足しがち | 過剰になりがち |
政府の役割 | 補助金、税制優遇措置など | 税金、規制など |
例 | 教育、研究開発、植林 | 大気汚染、騒音 |
まとめ
正の外部性について解説しました。
ある経済活動が行われたとき、その影響が取引に関係している人以外にも良い影響が及ぶことを「正の外部性」と呼びました。
正の外部性が起きるということは、その活動の影響が低く見積もられているということでした。低く見積もられているため、社会全体のことを考えたら、その活動をもっと多くの人に届けるべきなのに、供給されません。
また、新しい技術開発には社会への影響が良く分からず、先に資金を投入しなければいけません。そんなときに新しい技術がうまれたら開発者への保護の法律が整えられていたら、企業は安心して技術開発に取り組むことができます。
経済活動は、その活動の影響が、どこまで及ぶのか、及んでいるのか、見極めることは大切です。
しかし、一つの技術や活動が常に一方向の外部性をもたらすとは限りません。例えば、新しい技術の開発は、環境汚染を引き起こす可能性もあれば、環境問題の解決に貢献する可能性もあります。
私たちは正と負の影響を深く理解することで、持続可能な社会の実現に向けて貢献することができるのです。
参考文献
経済学入門 ティモシー・テイラー
外部性 - Wikipedia