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外国からモノを買ったらいけないの?――トランプ大統領の主張から考える貿易の「光と影」

外国からモノを買ったらいけないの

あなたの買い物が世界を変える?

あなたの身の回りに、純粋な国産の製品はどのくらいありますか?

100円ショップの品や電化製品などはほとんどがアジアでつくられたものですし、スーパーの食料品でも海外でつくられた加工品や農作物も多くなっています。

けれど、人によっては「海外のものを買わないで、日本製を買いましょう」と主張する人がいます。

海外商品を買うのは、何かまずいことでもあるのでしょうか? 
また、日本の企業を衰退させることになるのでしょうか? 

この問いは、決して単純な「はい」か「いいえ」で答えられるものではありませんが、この議論を象徴するのが、ドナルド・トランプ米大統領の掲げた「アメリカ・ファースト」という経済政策です。

彼は、外国からの安い輸入品が国内の雇用を奪っていると主張し、国境に「関税」という名の壁を築こうとしています。彼の主張は、多くの労働者から熱烈な支持を得る一方で、世界経済に大きな波紋を広げています。

ここでは、トランプ大統領の主張から、複雑な貿易の仕組みを解き明かしていきます。
なぜ彼は外国製品を問題視したのでしょうか?
そしてその政策は、どのような意図と効果があるのか検証し、私たちの日常の買い物と世界経済は、どのように結びついているのか解説します。

貿易がもたらす「光」と「影」の両面を多角的に分析し、冒頭の問いに対するあなた自身の答えを見つけるための手がかりを提供します。

第1章:トランプ大統領の主張:なぜ「外国のモノ」は問題視されたのか

1.1 貿易赤字とは何か?「家計簿の赤字」で考える

日本でも、安い海外の豚肉、牛肉、グレープフルーツ、シイタケなどの輸入の規制を緩めたとき大きな問題になりました。そしてトランプ大統領もアメリカの輸入に不満をもっています。

トランプ大統領がもっとも不満に思っているのは、一つ一つの商品に対してではなく国単位への不満です。すなわち特定の国に対する「貿易の赤字」に不公平感を感じています。ここで貿易赤字とは、一国の輸出額が輸入額を下回る状態を指します。

「貿易赤字」を「家計簿」で考えてみましょう。

もし、ある家庭が1ヶ月の間に収入(他国への輸出)が10万円だったのに対し、支出(他国からの輸入)が20万円だったとします。この場合、家計は10万円の赤字となり、不足分を補うために借金をしたり、貯金を切り崩したりしなければなりません。

トランプ氏にとって、アメリカが他国との貿易で多額の赤字を抱えている状況は、この家計簿の赤字と同じように、国が富を失っている状態と映りました。

彼は、この貿易赤字が国内産業の衰退や雇用減少の元凶であり、他国が不公正な貿易慣行によってアメリカを「搾取」している結果だと見なしました。この見解が、後の強力な保護主義政策へとつながる根本的な動機となったのです。

1.2 「関税」という名のペナルティ:その目的と具体例

トランプ大統領が貿易赤字解消のために用いた主要な手段が「関税」でした。

関税とは、外国から輸入される物品に課せられる税金です。
法的にこの税金を政府に納めるのは輸入者ですが、そのコストは最終的に商品の価格に上乗せされ、消費者が負担することになります。

関税には主に二つの目的があります。
一つは、国の税収を増やすことです。
先進国では税収全体に占める関税の割合は小さいものの、安定した財政収入源としての役割を担っています。

もう一つ、そしてより重要な役割が「自国産業の保護」です。
海外から安価な製品が大量に流入すると、国内の同業者は価格競争で不利になり、産業が衰退したり失業者が増えたりする可能性があります。輸入品に関税をかけることで、価格が国内製品と対等になり、競争力を維持できるようになるのです。

このような自国の産業を政府が守る政策を推し進めることを「保護主義」と呼びます。トランプ政権はこの保護主義的アプローチを多用しました。

例えば、中国製品に対して高い率の追加関税を課したり、自動車やアルミニウムなど特定の産業に対し関税を負担させようとしたり、アメリカ、メキシコ、カナダの3か国との貿易協定を見直して、自動車や部品の原産地ルールを強化して、アメリカ国内での生産を促そうとしています。

こうした政策は、「アメリカの製造業の優位性を守り、ブルーカラー労働者の不満を解消するため」という側面も強く持っています。

第2章:関税は「万能薬」か?:その効果と副作用

2.1 国内産業を守る「関税のメリット」

国内の産業を守ろうとする人、つまり保護貿易を支持する人々にとって、「関税」は自国の経済を守るための有効な手段です。「関税」によって輸入品が国内製品と同じ価格帯になることで、消費者は国内製品を選びやすくなります。これにより、国内産業は厳しい価格競争から一時的に保護され、事業の継続や雇用の維持が可能となります。

自由貿易によって生じる失業者の増加や産業の衰退といった目に見える不利益は、政治的な問題となりやすい傾向があります。関税の導入は、こうした痛みを直接的に訴える労働者や企業に対する明確な「救済策」として機能し、政治的な支持を得やすいという側面を持ちます。

企業が倒産を免れ、工場が閉鎖されないという成果は、政策の直接的な効果としてアピールしやすいのです。
ジェトロ(日本貿易振興機構)

2.2 消費者の負担増とインフレの影

しかし、関税には必ず「副作用」が伴います。

輸入業者や小売業者は、関税によって増えたコストを最終的に消費者が支払う価格に転嫁します。これにより、輸入品の価格が上昇し、物価全体が上昇する「インフレ」を引き起こす可能性があります。これは消費者の購買力を低下させ、生活費に対する懸念を増幅させます。

カンター社の調査によると、世界中の多くの消費者は物価上昇に対応するため、ライフスタイルや買い物の仕方を変えざるを得なくなっています。回答者の86%が生活を変える必要性を感じ、40%がより積極的に値下げやキャンペーンを探し、35%がより安い店に買い替えているという事実が、この負担の現実を示しています。関税は、保護しようとした国内産業の成長をも鈍化させ、経済停滞を招く恐れもあります。
Kantar. Shape your brand future.

2.3 報復合戦と国際競争力の低下

関税はまた、貿易相手国からの「報復」を招くリスクをはらんでいます。ある国が高い関税を課せば、相手国も対抗して同様の措置をとることが一般的です。こうした「報復関税」の応酬は、世界の経済活動に混乱をもたらし、貿易摩擦へと発展します。

こうした貿易摩擦は、自国の産業を長期的に弱体化させる危険性があります。関税で過度に保護された国内産業は、国際市場での厳しい競争にさらされないため、技術革新や生産性の向上を怠る可能性があります。その結果、最終的には国際競争力が低下し、長期的な経済成長の足かせになりかねません。つまり、短期的な保護策が、長期的な自滅につながるという皮肉な結果を生む可能性があるのです。

保護貿易の功罪:誰が得をして、誰が損をするのか?

関税という政策は、ステークホルダーによってその影響が大きく異なります。
以下に、その複雑な「光と影」を整理します。

ステークホルダー短期的影響長期的影響
国内産業外国製品との価格競争が緩和され、経営が安定する技術革新が停滞し、国際競争力が低下する恐れ
国内消費者輸入品の価格が上昇し、購買意欲が減退する物価高(インフレ)や、製品・サービスの選択肢が狭まる
外国企業市場シェアが減少し、輸出が減少する新たな市場や調達先への移行を迫られ、サプライチェーンを再構築する
政府関税による税収が増加し、財政収入が確保される貿易摩擦や外交的緊張を招き、国際的な信頼が損なわれるリスクがある

第3章:モノを買う「本当の理由」:自由貿易がもたらす恩恵

3.1 消費者の選択肢拡大と価格の安定

けれど私たちは「外国からモノを買う」ことによって利益を得ることができます。

それはもし、他の国が関税を引き下げたり撤廃したりすると、輸入品の価格が下がり、私たちはより手頃な価格で商品を手に入れられます。

例えば、最近チーズやワインが安いなと思ったことはありませんか?
日本とEUの間で結ばれた経済連携協定(EPA)は、チーズやワインといったEU産の農産品の関税を引き下げました。これにより、日本の消費者はこれまでよりも安価に、そして豊富な選択肢の中から好みの商品を選べるようになっています。
外務省ホームページ

輸入品の価格が下がることは、国内メーカーにも競争を促し、製品の品質やサービス全体の向上につながるという好循環を生む可能性があるのです。

3.2 企業にとっての海外調達の重要性

企業が海外からモノを調達する理由は、単にコスト削減だけではありません。

日本のように資源が乏しい国では、原油、LNG(液化天然ガス)、非鉄金属といった原材料やエネルギーを海外からの輸入に頼らざるを得ないのが実情です。また、国内では開発されていない先端技術や特殊な部品を海外のサプライヤーから調達する必要もあります。こうした海外からの調達は、メイドインジャパン製品の生産を支える上で不可欠な要素となっています。

興味深いことに、多国籍企業が海外生産を拡大させても、国内のサプライヤーの雇用にプラスの影響を与えるという分析結果も示されています。これは、多国籍企業がグローバルな事業展開で利益を増やし、その利益を国内での研究開発や高付加価値部門に再投資することで、国内の取引先や雇用全体が恩恵を受けるという、複雑で相互依存的な関係が存在することを示しています。

グローバルなサプライチェーンは単純なゼロサムゲームではなく、一見すると矛盾するような形で、国内経済を強化する可能性を秘めているのです。
RIETI - 多国籍企業の海外生産拡大が国内供給企業の雇用に与える影響:企業レベルの取引関係データに基づく新しい実証研究

輸入品と私たちの暮らし:身近な例から見るメリット

私たちの身の回りには、海外からの輸入がなければ成り立たない製品や、その恩恵を受けている製品が数多くあります。

製品カテゴリ具体例私たちの暮らしへの恩恵
消費財パソコン、紙おむつ、安全カミソリより安価で多様な商品が手に入り、生活の利便性が向上する。国内では入手困難な限定品にもアクセスできる
原材料・エネルギー原油、LNG、非鉄金属産業活動やエネルギー供給の基盤を支え、日本の製造業を成り立たせる上で不可欠な要素
中間財・部品先端技術を有する特殊部品国内企業が高度な最終製品を製造・輸出することを可能にし、国際競争力を高める

第4章:ケーススタディ:米中貿易戦争が示した「新たな現実」

4.1 貿易摩擦の現場で何が起きたか

トランプ政権が中国に対して追加関税を発動したことで、米中間の貿易は縮小しました。

この政策は米国の製造業に多きな影響を及ぼし、テスラやフォード、GMといった多国籍企業は、関税による原材料費の上昇やサプライチェーンの混乱に直面しました。企業は、複数の国からの調達ルートを確保したり、メキシコなど近隣国での生産に移行したりするなどの再構築を余儀なくされました。

さらに、興味深い分析結果が明らかになっています。
米国の輸入は確かに減少しましたが、関税のコストは中国企業ではなく、米国の輸入業者や小売業者が大部分を負担し、最終的な小売価格にはほとんど反映されませんでした。これは、関税が中国経済に打撃を与えるという主要な目的を達成できなかったことを示唆しています。

また、関税が貿易の流れを「転換」させたこともわかっています。
米国の中国からの輸入が減少した一方で、ASEANをはじめとする第三国への貿易・投資が活発化し、これらの国々から米国への輸出が増加しました。
さらに、中国は米国向けの輸出が減った分、余剰となった部品などの上流製品を米国以外の世界市場に積極的に輸出し、結果的に輸出総額は増加したという研究もあります。これは、複雑なグローバルサプライチェーンにおいては、単一の国に対する保護主義政策が、貿易を止めるのではなく、ただ方向を変えさせるだけであることを物語っています。

トランプ1.0における関税戦争の貿易に対する影響を振り返る(早川 和伸) - アジア経済研究所
トランプの貿易戦争 : 完全な分析 - moomooコミュニティ
貿易ドットコム | 貿易をもっとわかりやすく

4.2 世界中の消費者の反応

トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策は、米国外の消費者にも影響を及ぼしました。カンター社の調査によると、米国外の消費者の37%がすでに米国製品やサービスの購入をやめる意向を示しており、特に中国では81%もの消費者が米国ブランドへの購買意欲を減退させていると回答しました。
関税問題が世界20カ国の消費者の生活不安を助長 | KANTAR JAPAN カンター・ジャパン

これは、政策が意図せず逆効果を生んだ例と言えます。
自国の経済を強化するために外国にペナルティを課した結果、世界の消費者からアメリカブランドが敬遠され、かえって国際市場での競争力を損なう可能性が浮き彫りになりました。

現代において、貿易は単なるモノのやり取りではなく、ブランドイメージや消費者との信頼関係によって支えられています。ナショナリズムに基づいた貿易政策は、こうした目に見えない関係性に亀裂を入れ、最終的に自国の企業にブーメランのように跳ね返ってくることを示しています。

第5章:結論:答えは「どちらも正しい」

初めに挙げた「外国からモノを買ってはいけないのか?」という問いですが、これには「YES」「NO」といった単純な答えは残念ながらありません。

この問いは「自由貿易」と「保護貿易」二つの異なる経済思想の対立を浮き彫りにしています。

「保護貿易」は、自国の産業や雇用を一時的に守るという点で、多くの人々に安心感を与えます。国内の特定産業で雇用が失われたり、企業が経営難に陥ったりする現実に直面すれば、保護主義的な考えに傾くのは自然なことです。
しかし、その代償として、消費者は物価上昇という負担を負い、長期的には自国の産業が国際競争力を失うリスクを抱えることになります。

反対に「自由貿易」は、消費者に安価で多様な製品をもたらし、国際分業によって全体の生産性を向上させることで、グローバルな繁栄を促進します。
しかし、それは国内産業が厳しい国際競争にさらされ、一部の産業や地域が衰退する可能性と隣り合わせです。

つまり、外国のモノを買うことには「光」と「影」の両面があります。

重要なのは、どちらか一方を絶対的に善悪で判断するのではなく、両者のバランスをいかにとるか、という点です。

経済のグローバル化が進んだ現代では、もはや一国だけで経済活動を完結させることは不可能なのです。

エピローグ:私たちの賢い選択が未来を作る

あなたの毎日の買い物が、遠く離れた国の経済政策とつながっているなんて、少し驚かれたかもしれません。

私たちの生活は、強く世界中とつながっていています。

そしてグローバル経済は、政治家や大企業によって動かされているわけではありません。
そうではなく、私たちの日常の買い物一つひとつが、世界の経済の未来を形作っているのです。

もしかしたらある日、いつも買っている海外の製品の価格が少し変わっていたら、それは単なる値上がりではないかもしれません。

今回の分析が、あなたが日々の買い物をするときに、その裏にある複雑につながった、世界の仕組みに思いを巡らせるきっかけとなれば幸いです。

賢明な知識とバランスの取れた視点を持ち、受け身の「消費者」から「買い物のプロ」へと進化すること、それがこのグローバルな時代を生き抜くための最も重要なスキルとなるでしょう。

PR:株式会社レオナビューティー

RP:株式会社イワミズ

PR:ネクステージ株式会社

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