前回は「分業」について解説しました。
「分業」には生産が効率化する良い面、
そして、作業者自身の主体性、コミュニケーションの低下という悪い面があることを見てきました。
ここでは「分業」をもう少し掘り下げて「分業」が社会全体にもたらす影響について解説します。
「分業」の影響って大げさすぎじゃね?
そうでもありません。
分業が社会に与えた影響はとても大きいのです。
「分業」は私たちの生活スタイルを大きく変えてしまいました。
「分業」が完全に生活になじんだので「分業」のない生活はイメージできないほどです。
私たちの生活にすっかり浸透した経済のしくみをを、ちょっと意識することから経済学を始めましょう。
分業と市場経済
中世、または江戸時代にも身分制度のような職業の分業のような形態はありました。
その時代の分業とは、社会の安定や秩序をつくるもの、または宗教上の理由からくるもので、今の時代の仕事の効率を上げる分業とは少し違っていました。
経済の規模が大きくなり、効率を求めて分業があちこちで行われるようになると、多種多様な商品やサービスが生産され、それらを交換するための仕組みとして市場が不可欠になります。
では一体なぜ「市場」が必要になってくるのでしょうか?
それは、あちこちで作られた商品の材料同士、さまざまな製品やサービスを結びつけ、需要と供給のバランスを調整して、社会全体の経済活動を円滑にする役割を果たすからです。
つまり、例えばネジや紙が作られ、作ったものをさらに必要な人たちに結びつけ、適切な価格を決める、それが「市場」の役割です。
市場が分業をまとめる仕組み
では、もう少し市場の役割を詳しく見ていきましょう。
「分業」を、よりはっきりとイメージするために、まず「分業」が進んだ経済圏(例えば紙の市場など)を1つの大きな倉庫として考えてみます。
例えば、紙の市場というものがあると仮定してみましょう。
各工場で作られたいろいろな種類の紙がすべてこの倉庫に集められるとします。
和紙や折り紙で使うカラフルな紙、新聞の紙などが倉庫の表からどんどんと入っていきます。
そして、和紙のポストカードをつくる業者や折り紙を加工する人たち、新聞をつくる業者など、紙が欲しい人たちは、倉庫の裏口から必要な種類の紙を持っていくことができます。
この倉庫は初めは持ってくる紙の量と持ち出す紙の量が一致していて順調でしたが、しばらくすると困ったことが起きます。
みんなが欲しくない紙、必要のない紙が倉庫の中に余って山積みになり始めます。
逆に、多くの人が欲しい紙が足りなくなり、裏口に人々が長蛇の列をつくるようになりました。
なにか調節するものが必要だニャー
倉庫に入ってくるものと、出ていくものをうまく調節するにはどうしたらいいのでしょうか?
倉庫番は考えました。
入ってくるモノに価値という「ものさし」をつけたらどうでしょうか?
倉庫にたくさん余っている種類の紙は、その価値はゼロ、
そして、みんなが欲しがっていて倉庫にない人気の紙には、価値が100のように。
このように価値に強弱をつけたのです。
そして倉庫からモノを持ち出す場合は、その価値に応じた支払いをしなければいけないことにしました。
すると、みんな倉庫から持ち出すときに簡単に手が出せなくなります。
持ち出すものが本当に必要な紙の量なのか、真剣に考えるようになります。
紙紙を運び込む側の生産者も、自分のつくった紙を何でも入れればいいのではなく、みんなが欲しいと思う種類の紙、価値の高い紙のを運び込もうとするでしょう。
このように紙に価値がつけられたおかげで倉庫はいらない紙でいっぱいにならずに済むようになりました。倉庫番もにっこりです。
市場経済において、倉庫に入ってくるものが「供給」
倉庫から出ていくものは「需要」と呼ばれます。
そして、倉庫の中にあるモノの価値が「価格」です。
倉庫から何かを持ち出すには、その対価を支払わなければいけません。
だから、人々は持っていくものを慎重に検討して、無駄に取りすぎないように気を付けます。
反対に、倉庫に運び込むものの価値は、それをつくったときの労働、つまり賃金や給料といった報酬に表れます。報酬をたくさん受け取るために、生産者は、価値の高いモノを持ってこようとします。
社会の3つの問い
このような「ほしい人」と「つくる人」、そして「価値のメカニズム」があって初めて市場経済は機能しています。このしくみがあってバランスの取れた分業が可能になり、倉庫に入ってくるものと、出ていくものがうまく釣り合うようになります。
このバランスのとり方が国によって「人々の自由なやりとり」で決める国、「国の政策」で決めるの国、またその両方の組み合わせて決めるの国などさまざまです。
けれど、どんなバランスのとり方にしたとしても、社会は「3つの問い」に、いつも答えていかなければいけません。
- 社会は何を生み出すべきか
- どうやってそれを生み出すのか
- 生み出されたものを誰がつかうのか
人々の自由なやり取りを中心にした市場経済は、優れた分業のしくみによって私たちに豊かな暮らしをもたらしてくれました。お店に行けばありとあらゆるものが手に入ります。日本に住む私たちにとってそれが当たり前のように思えますが、国が商品の配分を決める社会もいまでもたくさんあります。そのような国ではモノが簡単に手に入る、ということが多くありません。
市場経済というしくみは、生活を豊かにしましたが、課題もあります。
市場経済の限界と課題
市場経済は、分業をまとめる上で非常に有効な仕組みですが、その一方で、いくつかの限界や課題も存在します。
- 市場の失敗
- 外部経済効果(公害など)、情報非対称性、独占など、市場メカニズムがうまく機能しないケースがあります。
- これらの問題に対しては、市場だけに任さず、政府による規制や介入が必要となる場合があります。
- 社会的な不平等
- 市場経済は、効率性や自由を重視しますが、必ずしも平等な結果をもたらすとは限りません。
- 所得格差の拡大や貧富の差が問題となる場合があります。
- 環境問題
- 市場は、短期的な利益を追求する傾向があり、環境問題を軽視する可能性があります。
- 環境汚染や資源の枯渇といった問題を引き起こす原因となることがあります。
市場経済は、分業によって生み出される多様な製品やサービスを、価格という共通の言語で結びつけ、社会全体を機能させる上で、非常に重要な役割を果たしています。
しかし、市場経済には、市場の失敗や社会的な不平等といった課題も存在します。
より良い社会を実現するためには、市場経済のメリットを最大限に活かしつつ、その課題を克服するための制度設計や政策が必要なのです。
まとめ
分業がもたらす社会への影響について見てきました。
紙専門の大きな倉庫があったとして、その中にさまざまな種類の紙が入ってきます。紙が必要な人はその倉庫に行くと紙が手に入ります。倉庫の中がいつもスムーズに流れていくためには、人気のある紙の価格を高くして、人気のない紙を安くすると、倉庫の中に不用品があまったり、欲しい人がなかなか手に入らずに列になってしまうことが避けられます。
市場は売りたい人、欲しい人を価格で結び付けました。
これは非常に効率が良かったのですが、一部の人が情報を握っていて不平等だったり、環境の問題を発生させるなどの課題が生まれています。
よりよい社会の実現には、市場経済のメリットは活かし、課題を克服するための政策やアイデアが必要です。
経済を知るということは、当たり前のようにみえる市場経済の優れたしくみに、あらためて目を向けて理解を深めていく、ということでもあるのですね。
参考文献
経済学入門 ティモシー・テイラー