前回と前々回で、供給されることを優先するべき、と考えたセイの法則と
とにかく需要がなければ始まらない、と考えたケインズの主張を見てきました。
需要が先だろうと供給が先だろうと、私たちの生活には何の関係もないと考える方もいらっしゃるかもしれません。
けれど、物価が下がっているときに「さらに下がる可能性があるな」と考えて購入を控えたり、物価が上昇しているときに「さらに上昇する可能性が高いな」と考えて早めに買ったほうが有利だったりする場合は私たちの生活の中にはたくさんあります。
特に大きな買い物をするときに、物価の動きをを知っているのと知らない場合とでは大きく支払額が違うのでその影響力は計り知れません。
供給と需要は、商品の価格や供給量、雇用など、私たちの生活に様々な影響を与えます。その関係を理解することは、より賢く日常生活を送るために欠かせません。
今回は、国全体の需要や供給をすべて合わせた「総需要」と「総供給」について解説します。
需要と供給を大きくとらえると、また違った視点で商品の価格を見られるようになります。たくさんの視点をもつことは、購入の選択の引き出しを多くすることです。選択が多いほど自分に合った買い物ができる可能性が広がります。
ここでさらに経済学の知識をつけて賢く生きていきましょう!
総需要と総供給
「総需要」とは、家計、企業、政府、海外のすべての需要を合計したもの、
「総供給」とは、経済全体で供給されるすべての財・サービスの量のことです。
詳しく見ていきましょう。
総需要とは
「総需要」とは、国全体の需要を合わせたものです。
具体的には、家計の消費、企業の投資、政府の投資、海外からの需要を合わせたものが総需要になります。
総需要はいつも一定ではありません、さまざまな要因で増えたり、減ったりします。
どのような時に総需要が変化するのか見ていきましょう。
総需要は主に4つの要素によって変化していきます。
1. 家計の消費
- 家計の所得:所得が増加すると、消費も増加する傾向があります。
- 消費者心理:将来への不安が強まると、消費が減ります。
- 商品価格:物価が上昇すると、同じ所得でも購入できる量が減り、消費が減ります。
- 金利:金利が上昇すると、借入による消費が減ります。
2. 企業の投資
- 企業の収益:収益が増加すると、将来への投資も増加する傾向があります。
- 金利:金利が低下すると、借入による投資が活発になります。
- 景気動向:景気が良いときは投資が活発になり、景気が悪いときは投資が減ります。
- 技術革新:新しい技術が開発されると、それに伴う投資が増加します。
3. 政府の支出
- 財政政策:政府が公共事業などの支出を増やすと、総需要は増加します。
- 税制:増税すると、家計の可処分所得が減り、総需要が減ります。
4. 海外からの需要
- 輸出:輸出が増加すると、国内の生産量が増え、総需要は増加します。
- 輸入:輸入が増加すると、国内の生産量が減り、総需要は減少します。
これらの要素が複合的に作用し、総需要は変化します。
具体的な例
- 景気回復期:企業収益や家計所得が増加し、投資や消費が活発になるため、総需要は増加します。
- 金融危機:金融市場の混乱により、企業の投資や家計の消費が減退し、総需要は減少します。
- 財政出動:政府が景気対策として公共事業などの支出を増やすと、総需要は増加します。
- 為替レート:円安になると、輸出が増加し、総需要は増加します。
このように、総需要は様々な要因によって変化していきます。
総供給とは
「総供給」とは、国全体で供給される製品を合わせたもので、国全体の生産性をあらわしています。
総供給もいろいろな原因によって増えたり、減ったりします。
総供給は主に4つの要素によって変化していきます。
1. 労働市場の変化
- 労働者の賃金上昇:賃金上昇は、企業にとって生産コストの増加です。企業は同じ利益を維持するために、固定費を削減する場合があります、すると生産量が減少します。
- 労働組合の活動:労働組合がストライキなどの活動を行った場合、生産量が減少します。
- 失業率の変化:失業率が低下すると、企業は優秀な人を見つけるのが難しくなり、労働力不足になることがあります。企業は生産量を増やすためにも賃金を引き上げざるを得なくなります。
2. 資本市場の変化
- 金利の変化:金利上昇は、企業にとって資金調達コストの増加を意味します。そのため企業は投資を抑制し、生産量が減る可能性があります。
- 株価の変化:株価上昇は企業の資金調達を容易にさせ投資を促進します。そのため生産量が増加します。
3. 技術革新
- 技術革新:新しい技術の導入は、生産効率を向上させ生産量を増加させます。
- オートメーション化:機械のオートメーション化の進展は、労働者を必要とせず生産量を増加させる可能性があります。
4. 輸入価格の変化
- 輸入価格:輸入価格が上昇すると企業の生産コストが増加します。そのため、企業は同じ利益を維持しようと固定費を減らすため生産量が減る可能性があります。
- 為替レート:為替レートの変動は、輸入価格に影響を与え生産コストに影響を与えます。
これらの要因以外にも、政府の政策や自然災害などによっても総供給は変化します。総供給の変化は、物価水準や経済成長率に大きな影響を与えます。
総需要と総供給の関係
総需要と総供給の関係は、私たちの日常生活に密接に関わっています。
- 物価の変動と家計
例えば、物価が上昇すると、同じ収入でも買えるものが減ってしまいます。
これは、総需要が総供給を上回っている状態であり、供給が追い付いていないために物価が上がります。
逆に、物価が下落すると、同じ収入でも買えるものが増え生活が楽になります。
これは、総供給が総需要を上回っている状態であり、供給過剰のために物価が下がっていきます。 - 企業の経営と雇用
企業にとっても、総供給と総需要は重要な問題です。
総需要が低迷すると、企業は商品やサービスを売ることができなくなり、業績が悪化します。そうなると、企業は人員削減や賃金カットなどのリストラを行う可能性があり、私たちの雇用に大きな影響を与えます。 - 政府の経済政策
政府は総供給と総需要を調整することで、経済を安定させようとしています。
例えば、景気が悪い時は財政出動や金融緩和などの政策を実施することで総需要を増加させようとします。
逆に、景気が過熱ぎみの時には財政緊縮や金融引き締めなどの政策で総需要を抑制しようとします。
このように、総供給と総需要は、私たちの生活に様々な影響を与えます。
ニュースなどで経済の話題を耳にした際には、総供給と総需要の視点から考えてみるとより深く理解することができます。
具体的な例
- 食料品の価格が上がっているのは、天候不順などの供給ショックによる総供給の減少が原因なのか、それとも消費者の需要増加による総需要の増加が原因なのか。
- 企業が人員削減を行っているのは、景気低迷による総需要の低迷が原因なのか、それとも工場などの技術革新によって人に頼らなくても生産性が向上したことによる、総供給の増加が原因なのか。
- 政府が財政出動を行うのは、景気低迷による総需要の低迷を補うためなのか、それとも社会保障制度改革による将来の総供給増加への投資なのか。
このように、価格の上昇や雇用の変化も一見しただけでは分からないことがあります。そんな時に総供給と総需要を考えてその原因を探ることは、日常生活の様々な場面で役立ちます。
総需要と総供給と時間
前回と前々回では、まずは総供給を増やさなければいけないとしたセイの主張と、初めに総需要があってこそ経済成長するというケインズの論理について見てきましたが、これらの主張はどちらも景気後退や恐慌が起きる理由を十分に説明できずにいました。
現在ではこの2つの理論に時間を組み合わせて、分けて考える方法が主流となっています。
- 短期的には総需要を増やすことが有効
短期では、需要が供給よりも重要になることが多いです。
総需要は景気の先行きに対する期待感に左右されます。
流行や災害、政策の発動などをきっかけにして消費者や企業の感情が急に上向いたり下がったりします。
総需要が急激に変化しても、供給側はすぐに対応できません。
新製品が発売された場合、需要が供給を上回って価格が高騰することはよく見られます。
つまり短い期間で経済を上向かせるには総需要を増やす政府の支出を増やしたり、税金を減らせば、世の中の総需要が増えて経済を拡大させることが出来ます。 - 長期的には総供給を増やすことが有効
長期的には供給が需要より重要になります。
供給のの大きさは労働者の数、教育、スキル、物的資本の規模や生産技術のレベルや市場構造が開かれたものなのかそうでないのかといったものに左右されます。
総供給は成果が出るまでに時間がかかりますが、労働者のスキルアップや技術革新がなければ経済規模を拡大させることはできません。
また企業同士の競争を阻むような市場では新規参入が遅れ供給に遅れが出るでしょう。
つまりどのような社会にしたいかという長い目で経済全体を考えたとき、総供給を増やすための政策が決め手になってくるのです。
また一般に労働者の賃金が下がりにくいため、一時的な総需要の減少は失業者の増加を引き起こします。
景気が後退するとモノが売れなくなり、需要が減りますが収入が減った企業はすぐに賃金をカットすることができません。それよりも新規採用を中止したり、今いる労働者の一部を解雇したりする方が一般的です。すると失業者が増え、総需要はさらに減ってしまいます。
このようにして、総需要は長期的な総供給の成長とバランスが取れなくなってしまうのです。
総需要と総供給のバランス
市場メカニズムは、需要と供給のバランスを調整する役割を果たします。
需要が供給を上回ると価格は上昇し、供給が需要を上回ると価格は下降します。この価格の変化によって、需要と供給のバランスがとれていきます。
しかし世の中全体を考えたとき価格の変化はゆっくりで時間がかかります。
短期的には商品があまって倉庫に積みあがったり、逆に売り切れて入手困難になることがあります。
理想的には生産力が成長に伴って伸びて総供給が増え、それによって生み出された収入が総需要を拡大する、という流れが理想です。さらにインフレ率も失業率も低いままなら問題ありません。
しかし現実には経済は常に拡大するわけではありませんし、総需要と総供給はいつも一致するわけではありません。
総需要と総供給が一致する点をうまく説明できるモデルがいくつかありますが、まだ均衡点の決定メカニズムについての完全な説明は確立されていません。
しかし、様々な理論モデルや実証分析を通じて理解は深まりつつあります。今後も研究が進んで、より精緻な説明が期待されています。
まとめ
総需要と総供給について解説しました。
総需要とは家計の消費、企業の投資、政府の投資、海外からの需要を合算したもの、総供給とは国全体の供給でした。
商品の価格や賃金が変化しているときや、政府が財政出動しているときなど、それが個別の需要や供給の原因で起こっていることなのか、それとも国全体の総需要、総供給が原因で起こっているのか見極めることが大切です。
総需要と総供給の関係は、時間によってどちらを優先すべきかが変わってきます。短期では需要、長期では供給が重要になることが多いですが、状況によって異なるため、常に両方のバランスを意識することが重要です。
参考文献
ティモシー・テイラー 経済学入門