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お金の歴史

お金の歴史

お金とは、なんでしょうか?
一見とても簡単な質問のように思えますが、答えるのはそう簡単なことではありません。

あなたの手元にある紙幣や硬貨はお金ですが、それだけがお金ではありません。手元にはないけれど、銀行に預けているお金やポイントサービスでついたポイントはどうでしょうか?

お金は私たちの生活の土台を固めていますが、今の形になったのはそれほど古いことではありません。ここではそんなお金の正体を知るために、お金の歴史について解説します。

もしも、仲良くなりたいと思っている人がいたら、その人の人のなりを理解すると親密になれます。お金も同じようにその成り立ちを知ればきっと仲良くできるはずです。

ミクロネシア・ヤップ島のお金「石貨(フェイ)」

世界で最古の貨幣というのは良く分かってはいませんが、ヤップ島にある大きな石は、世界で最も古い貨幣の形を今もとどめている石のお金です。

ヤップ島は、ミクロネシア連邦最西端に位置する島で、ユニークな文化を持つことで知られています。その中でも有名なのが、石のお金「フェイ」です。今でも高額な取引に使われることがあります。

フェイは、巨大な円盤状の石でできており、中央に穴が開いています。その大きさは様々で、直径が30cmから5mを超えるものまであります。フェイの価値は、大きさだけでなく、石の種類、形、表面の模様、そして歴史によっても決まります。

フェイの起源は古くて約1000年前にまで遡ると考えられています。
当時はヤップ島周辺で産出される石灰岩を使って作られていましたが、17世紀頃からはパラオ諸島から運ばれた石灰岩で作られるようになりました。

フェイはとても重くて一人では動かすこともできません、袋に入れて携帯することもできません。けれど、ずっとお金として機能してきました。なぜでしょうか?

それは、そのフェイの持ち主がだれなのか島の人のみんなが良く知っていて、認めていたということにあります。
例えば、フェイ5枚と引き換えに家を買うことになったとします。すると「あそこに置いてあるフェイは自分のものだったけれど、家と交換したからあの人のものになりました」と村のみんなに知らせれば取引は成功です。村の人が納得してくれれば、フェイをどこかほかの場所に移動させることもありません。持ち主が分かればそれで十分なのです。

フェイを携帯することも、移動することもできませんでしたが、ちゃんとお金の役割を果たしていました。

近代化が進んだ現在ヤップ島では、日常の買い物には米ドルが使われています。けれど、フェイはヤップ島の歴史や文化、そして人々の価値観を象徴するものとして重要な役割を果たしています。

こんな話は経済の発達していない小さな島の中だけの話でばかげている、と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちの使っているお金も基本的には同じ仕組みでなりたっています。

お金の3つの役割

ヤップ島のフェイの例のように、持ち主をみんなが共通認識として認めれば、お金として利用できたことを教えてくれます。お金は特に特別な硬貨であったり、紙幣であったりする必要はないことが分かります。

ヤップ島ではすべての島民がフェイを交換可能なものとして認識していたということがあります。この「共通の認識」がお金には欠かせません。宮沢賢治の童話に「黄いろのトマト」というお話があります。お金の共通認識について美しい言葉でつづっている童話で少しご紹介します。

ペムペルとネリという兄妹は、お金というものを知らずに二人だけで暮らしていました。
ある日、二人はサーカスの音楽に誘われてサーカスを見に行きます。サーカスに入場するにはお金が必要でしたが、お金を持っていないペムペルは、畑で採れた黄色のトマトを持っていきます。なぜなら、黄色いトマトはとてもめずらしく今まで見たこともないトマトだったからです。
ペムペルは珍しい黄色いトマトを四つをサーカスの番人に渡します。しかし、番人はトマトを投げつけ、ペムペルとネリを追い出してしまう、というお話です。

兄弟にとって黄色いトマトは大変貴重なものだったので、サーカスを見るだけの価値はあったかもしれませんが、サーカスの番人にとって黄色いトマトは価値のあるモノではありませんでした。お互いの認識が違うので、兄弟はサーカスを見ることが出来ませんでした。


お金がお金として成り立つには、みんなが「これって価値のあるモノだよね」と同じ考え方を持つ必要があります。もしも同じ認識が持てたなら、石でも貝でも家畜でもなんでも取引の時に使うことができるということなのです。

このように時代によってお金の姿、形は変わっていても、お金として社会で認められるには、それが3つの条件を同時に満たす必要があります。

  • 交換できること
    それがどんな売り物であっても交換することができるということです。これは、最も基本的な役割であり、多くの人が納得してモノやサービスを交換するための手段となることを意味します。
  • 価値のものさしとしてつかえること
    価値のものさしとは、世の中で売られているもののほとんどすべてを、そのお金によって計ることができるということです。私たちはお金というものさしでAというモノの価値とBとを比較することができます。
    もし、ものさしがないとどのくらいの量と自分の持っているものとを交換していいか分かりません。公平な取引ができなくなる可能性が高くなってしまいます。
  • 価値が保存されること
    価値の保存とは、しばらく使わずに手元に置いていても価値が損なわれることがないという意味です。お金を手に入れてもすぐに使う必要はありません。これが魚や野菜などだとすぐに食べるか交換しないと、腐ってしまい価値が下がってしまいます。
    注意したいのはお金の価値が失われることがない、といっても全く失われないという意味ではありません。世の中がインフレになれば、お金の価値は下がります。もしハイパーインフレのような状態になるとお金の価値はほとんど保存できなくなります。こうなると、もはやお金とは呼べない状態になります。

上記3つの役割を同時に満たすことができなければ、お金とは呼べません。
例えば持ち家はどうでしょうか?
持ち家は将来売ることのできる「価値の保存」という役割は果たしていますが、「交換できること」という手段としてはあまり役にはたちません。家は細かく分けることができないので、トマト10個と家の玄関先だけ交換する・・・ということができません。
また「価値の物差し」としてもつかえません。お米10キロとお風呂場は同じ価値がある・・・・と比べることができないからです。
なので持ち家(住宅)はお金ではありません。

各企業がおこなっているポイントサービスはどうでしょうか?
ポイントはその企業が認めている範囲の中でお金のように使うことができます。商品の代金に充てたり、何かと交換することができる場合もあります。ポイントはその価値のものさしにもなりますし、その価値も保存できます。
ポイントはその認められた範囲内ではお金です。
ただし、その範囲を越えて使うことはできません。範囲をこえるとそのポイントは価値がなくなってしまします。

物々交換の歴史

このように、お金には様々な役割がありますが、最も重要なのは交換機能です。
交換できなければ、価値があったとしても、その価値を計れたとしても意味がありません。

貨幣の歴史は交換の歴史とも言えます。

  • 貨幣誕生以前の経済活動:物々交換の起源
    貨幣が存在する前、人々は必要とする物資やサービスを直接交換する「物々交換」によって経済活動を行っていました。
    狩猟採集社会における食料や毛皮などの交換から、農耕社会の発展とともに、農産物や家畜、手工芸品など多くのものが交換によって取引されます。
  • 物々交換の課題と限界
    しかし、物々交換にはいくつかの課題と限界がありました。
    • 2重の偶然性 おたがいに持っているものと欲しいものが一致しなければいけない。
    • 価値の比較困難性 異なる種類の物品の価値を比較することが難しく、公平な交換を実現することが難しい。
    • 分割可能性の欠如 一部の物品は分割することが難しく、必要な量だけを交換することができない。
    • 貯蔵・持ち運びの困難性 価値の高い物品は、貯蔵や持ち運びが困難な場合がある。
  • 貨幣の誕生と物々交換の衰退
    紀元前6世紀頃、小アジアや地中海沿岸地域において、金や銀などの金属を価値尺度とした「貨幣」が誕生しました。その後、紀元前7世紀頃には、各地で鋳造貨幣が発行されるようになり、貨幣経済へと移行していくことになります。貨幣にはさまざまな利点があります。
    • 価値の共通尺度 貨幣は、異なる種類の物品の価値を共通の尺度で表すことができるため、交換が容易になる。
    • 分割可能性 貨幣は容易に分割することができるため、必要な量だけを交換することができる。
    • 貯蔵・持ち運びの容易性 貨幣は価値の高い物品と比べて、貯蔵や持ち運びが容易である。

貨幣をつくる技術は700年頃には確立していましたが、貨幣が一般的に使われるまでには18世紀ごろまでかかりました。一体なぜそんなに時間がかかってしまったのでしょうか?

物々交換から貨幣へ

それは安定した価値をもつ貨幣をつくるのが難しかったこと、そして多くの人がその価値を信頼するためには大きな政治の力が必要だったからでした。

貨幣をつくる技術的な制約

  • 金属加工技術
    硬貨の材料となる金属を掘削して精錬し、形状を整える技術は高度な知識と経験を必要としました。
    特に、金や銀のような貴金属は加工が難しく高価なものでした。
  • 鋳造技術
    硬貨を量産するためには、一定の形状と重量を持つ鋳型を作る技術が必要です。初期の硬貨は形状や重量にばらつきが大きく、品質管理も十分ではありませんでした。
  • 偽造防止技術
    偽造を防ぐために、複雑なデザインや模様を施す技術が必要でしたが、これも高度な技術力とコストを必要としました。

社会的・経済的な制約

  • 経済規模
    貨幣経済が発展するには、十分な量の商品やサービスが取引される必要があります。古代の社会では、経済規模が小さく、貨幣による取引がそれほど活発ではありませんでした。
  • 信頼関係
    貨幣を流通させるためには、人々がその価値を信頼する必要があります。中央政府による統治が十分に確立されないと、その貨幣が信頼できないので簡単に使うことができませんでした。
  • 流通手段
    硬貨を流通させるには、十分な流通網が必要です。交通網が発達していない場合、硬貨を広く流通させることは困難でした。

これらの理由から、古代社会では物々交換が依然として主要な取引手段であり、貨幣は限られた用途で使用されていました。
しかし、技術の発展や経済規模の拡大、そして中央政府の権力強化に伴い、徐々に貨幣の使用が普及していきます。貨幣経済の発展により、物々交換の欠点が克服され、より効率的で便利な交易が可能になったのでした。

現代社会では、さらに高度な技術と制度、そしてネットによる流通の障壁の低下によって、紙幣以外の電子マネーや仮想通貨などの新しい形態の貨幣が生まれ、経済活動はより複雑化しています。

まとめ

お金の歴史について解説しました。
他の人が持っているものを欲しい場合、平和的に取引するには何かと交換すればいいと考えた人たちがいました。小さくて豊かな島国から最古の貨幣の一つが生まれたのは偶然ではないでしょう。

お金として取引に使えるものは「そのものを信頼して交換できるもの」「価値のものさしとして使えるもの」「価値が保存できるもの」という3つの条件を満たすものがお金として使うことができます。
物々交換では、お互いに交換したいものが一致すること、お互いが持ち寄ったものの価値を計ることが難しく、持ち運びも不便でした。

貨幣があると便利でしたが、安定した貨幣をつくる技術は難しくなかなか流通しませんでした。銀や金を掘り起こすこと、それを加工して量産することには高い技術が必要でした。
また、貨幣を作れたとしても広く使ってもらうためには、発行者への信頼度が高くなければいけませんし、その流通手段がない場合、使うことはできませんでした。

現在ではネットによって流通はさらに簡単になり、経済規模はさらに大きく複雑になっています。技術革新によって、今後さらに便利で機能的な貨幣が必ず現れます。それらの登場には課題もありますが、人々は課題を克服してより良い貨幣システムを構築していけるでしょう。

参考文献

ティモシー・テイラー 経済学入門
学校では教えてくれないお金の授業 山崎元
お金以前 土屋剛俊
石貨 (ヤップ島) - Wikipedia
宮沢賢治 黄いろのトマト (aozora.gr.jp)
造幣局 (mint.go.jp)
日本の貨幣史 - Wikipedia
man@bowまなぼう | 野村と日経が運営する金融経済について楽しく学べるサイト (manabow.com)

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