あなたは最近、スーパーやコンビニで「また値上げか」とか「内容量が減っている・・・」と感じることはないでしょうか?
ニュースでは消費者物価指数(CPI)が「前年同月比3.1%の上昇」と報じられています。収入に変わりがないのに、モノの値段がじりじりと上がりっているので「厳しい・・・」と感じる人も多いのではないでしょうか?
でもこの3%という数字ですが、実感としてはもう少し上がっているような気がしませんか?
実は、この統計数字の裏側に、私たちの生活を静かに、そして確実に圧迫する「見えない影」が潜んでいます。
ここでは、この消費者物価指数3%という数字の真の意味を多角的に分析し、特にこれから老後が現実のものとなる50代の方々が、この物価上昇時代にどのように生活を守り、未来の資産を築いていくべきか、具体的な戦略を解説します。

序章:消費者物価指数3%の「影」が示すもの
今多くの人が抱える「給料は変わらないのに生活が苦しい」という切実な声は、単なる気のせいではありません。これは、統計上の数字だけでは捉えきれない、より深刻な現実が進行していることの現れです。
消費者物価指数は、私たちが買うモノやサービスの価格の変動を示す重要な指標ですが、その計算方法は、家計の実感を大きく下回って感じられる理由が2つあります。
統計と家計の「体感」に乖離が生まれる理由
その二つの原因とは、一つ目が「帰属家賃」、そしてもう一つは、私たちの心理的な癖です。
一つずつ見ていきましょう。
まずは「帰属家賃」という聞いたことのないワードですが、消費者物価指数に加えられている項目の一つです。
「帰属家賃」とは、持ち家に住んでいる人が、持っている家を賃貸として貸し出した場合、持ち家の人自身がその家賃を支払うと仮定(みなし家賃)する項目です。
持ち家の人が自分で買った家に家賃を払ってるという、私たちの生活実感とはまったく異なるものなので、とても分かりにくいのですが、ちゃんとした理由があります。
賃貸住宅に住んでいる人の家賃の支払いは、貸してもらうというサービスを受けている消費、として計算できます。けれど、持ち家の多くの人が抱えるローンの支払いは「金融取引」で投資になるので消費者物価指数に計上されません。
賃貸の人も持ち家の人も、その住宅に住むというサービスを得て消費しているのに、両方とも数値に当てはめなければ公平性と正確性に欠けてしまうと統計学は考えます。そのため、持ち家の人が、その家を貸した場合の家賃を「みなし支払い」として考え、数値に組み込んでいるのです。

家計に占める家賃の重要度は大きい
「帰属家賃」という項目は、消費者物価指数の仲でも、全体の約17%という大きな割合を占めています。それもそのはずで、私たちの生活でもローンや家賃の支払いは大きな比重になっているからです。
その大きな割合の「帰属家賃」の割合は過去30年同じ割合で推移しています。
このため、たとえ他の品目(食料品やエネルギーなど)の価格が大きく上昇しても、割合の高い「帰属家賃」の数値が安定していると、その影響が全体を大きく抑制してしまいます。
もう少し詳しく見ていきましょう。
CPIが「食料品」と「家賃」の2つだけで構成されていると仮定して、考えてみましょう。
- 食料品の割合:20%
- 家賃(帰属家賃)の割合:80%
もし、食料品価格が10%上昇し、家賃が0%(横ばい)だった場合、全体の上昇率は以下のようになります。
(20%×10%)+(80%×0%)=2%
食料品は10%も上がったにもかかわらず、全体の消費者物価指数はたった2%しか上昇しません。これは、割合の低い食料品の上昇が、割合の高い家賃の安定によって相殺されてしまうためです。
現実の消費者物価指数でも同様のことが起こっていて「帰属家賃」の安定が、全体の物価上昇率を押し下げる主要な要因となっています。
第一生命経済研究所

よく見かける商品の値上がりは大きく感じる
消費者物価指数が私たちの感覚と乖離する理由の2つ目は、購入頻度が高い品目の価格上昇です。
総務省のデータでは、スーパーで頻繁に購入する食料品全体の上昇率は、2023年に入って7〜8%台で推移しており、総合指数の3%台をはるかに上回っています。私たちは日常的よく見かける商品の値上げがとても大きく見えてしまい、それが家計の実感を作るので、統計と体感に大きなギャップが生じるのです。

ステルス値上げという見えないインフレ
さらに、消費者物価指数に反映されにくい「ステルス値上げ(シュリンクフレーション)」という影も忍び寄っています 。これは、商品の価格は据え置いたまま、内容量やサイズを縮小させることで、実質的な値上げを行うことです 。
シュリンクフレーション - Wikipedia
企業が原材料やエネルギー価格の高騰を商品の価格に上乗せしたいと思っていますが、あからさまな価格引き上げは売上減少につながるという懸念から、このような手法が取られています。
この「見えないインフレ」は、統計の数字以上に家計の負担を静かに蝕んでいき、消費者に「不誠実だ」という不信感を抱かせ、不安をさらに増幅させる一因となっています。
消費者物価指数のあたりをそのまま鵜呑みにすると「実感と違うのは私だけなのかもしれない・・・」と感じてしまうかもしれません。一つの指標だけを見るのではなく、さまざまな指標を参考にして生活に役立てていきたいですね。
消費者物価指数の種類 | 特徴と意味 |
総合指数 | 家計が購入するすべてのモノ・サービスの価格変動を総合的に示す最も広範な指標。 |
生鮮食品を除く総合指数(コアCPI) | 天候などの影響で価格変動が大きい生鮮食品を除いた指標。物価の基調を把握するために日銀が金融政策の判断基準として重視する。 |
生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数(コアコアCPI) | 生鮮食品に加えて、国際的な要因で変動しやすいエネルギー(ガソリン、電気代など)を除いた指標。国内の需要動向を反映した、より安定的な物価の基調を示すとされている。 |

第1章:なぜ物価は上がり続けるのか?日本経済の複合的な要因を読み解く
2025年現在、物価上昇は、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って起きている現象です。その背景には、国際的な要因と国内的な要因の両方が存在します。
日本経済の物価上昇を牽引する複合要因
物価上昇の主な要因として、以下の点が挙げられます。
- 円安
日本は食料やエネルギーの多くを輸入に頼っているため、円安が進むと輸入コストが上昇し、それが最終的に私たちの生活する商品の価格に上乗せされます。これは家計への直接的な打撃となります。 - コストプッシュ型インフレ
原油や原材料価格の高騰、さらには地政学的要因による国際食料価格の上昇など、供給側のコスト増が価格を押し上げる、いわゆる「コストプッシュ型」の側面が強く表れています。 - 賃金の上昇
国内では、人手不足を背景とした賃金上昇の動きも、企業の価格改定を後押しし、物価上昇に影響を与えている可能性があります。
賃金と物価の「好循環」は幻想か?50代が直面する現実
報道では「歴史的な賃上げ」が喧伝される一方で、多くの人がその恩恵を実感できていません。賃金は上昇傾向にあるものの、物価の上昇には追いついておらず、「実質賃金」(物価上昇分を差し引いた実質的な購買力)はマイナスで推移しているのが現状です。
さらに、この賃上げの恩恵には「世代間格差」が顕著に存在するという事実があります。最新のデータによると、20歳代の給与が2019年から約10%も増加しているのに対し、50代前半の所定内給与は逆に約3%のマイナスとなっています。この背景には、企業が賃金水準の高い中高年層への賃上げに慎重であることや、「役職定年」制度の影響があると考えられます。
ホーム|厚生労働省
賃金が上がらない(あるいは下がる)一方で、物価は上昇し続ける。これは、50代の家計にとって、単なる「実質賃金マイナス」以上の深刻な「負のインフレ」として、購買力を大きく低下させる事態を招いています。
この厳しい現実は、漠然とした将来への不安が、具体的な危機になってしまうかもしれません。

今後の物価動向予測:専門家の見通し
今後の物価動向については、専門家の間でも見通しが分かれています。
ニッセイ基礎研究所の予測では、エネルギー価格の上昇率低下などを理由に、生鮮食品を除いた消費者物価指数は年末には2%程度まで鈍化する見通しです。一方で、賃金の増勢や企業の価格転嫁姿勢が根強いことから、当面は3%前後で高止まりするという見通しもあります。
シンクタンクならニッセイ基礎研究所
いずれの見通しが現実となっても、物価がデフレ時代に逆戻りする可能性は低いと多くの専門家が指摘しています。むしろ、2%程度の緩やかな物価上昇が「常態化」する可能性が高いと見られています。
この不確実性が高い時代だからこそ、物価が下がるのを待つのではなく、自らの力で家計と資産を守るための対策を今すぐに講じることが不可欠です。
第2章:50代の「老後資金計画」を脅かす静かなるインフレ
もし物価が上昇していくとすると、それは日々の生活費を圧迫するだけでなく、将来の「老後資金計画」に大きな影響があります。
インフレが預貯金の価値を侵食するメカニズム
インフレというのは、現金や銀行預金といった資産の「実質的な価値」を目減りさせます。
たとえば、現在の100万円が、インフレで物価が2倍になれば、実質的に50万円の価値に下がることになります。
具体的に数字で考えてみましょう。
年間3%のインフレが続いた場合、現在の1,000万円の価値は、わずか10年後には約737万円にまで減少します。これは、額面上の数字が同じでも、買える量が大きく低下していることを意味します。
現金をタンス預金や低金利の銀行預金に置いているだけでは、物価上昇に資産が侵食され続けるリスクを負うことになるのです。

老後資金の「額」と「価値」のギャップ
多くの50代が漠然と抱く「老後の不安」は、このインフレによってより具体的な危機へと変わります。ある試算によると、年間3%のインフレが続いた場合、退職後の20年間で生活費は物価上昇によって約2,000万円も増える可能性があります。これは、現役時代に目標としていた老後資金の額面だけでは、実際の生活を賄いきれません。
退職金と公的年金だけで老後の生活を賄うことは、物価上昇が続く現状においては非常に困難になります。特に、退職金は現役時代の給与や企業制度によって個人差が大きく、誰しもが十分な金額を得られるわけではありません。
したがって、額面上の数字を追い求めるだけでなく、「将来の購買力」を維持・向上させるための対策が必要不可欠なのです。
野村の金融経済教育サイト「Fin Wing」
第3章:インフレから家計を守る「守り」の防衛戦略
物価上昇に立ち向かうための第一歩は、家計の「守り」を固めることです。
日々の努力が必要な変動費の節約も重要ですが、一度見直せばその効果が継続する「固定費」から手を付けるのが最も効果的な戦略です。

3.1 家計の「固定費」と「変動費」を賢く見直す
固定費の見直し
固定費は、毎月一定額かかる支出であり、一度見直せば継続的な節約効果が得られます。
- 住居費
住宅ローンを抱えている場合は、繰り上げ返済による返済額軽減型の選択や、より低い金利のローンへの借り換えを検討しましょう。また、賃貸物件に住んでいる場合は、家主との家賃交渉や、家族構成の変化に合わせて家賃の安い物件への引っ越しも選択肢となります。 - 保険料
子どもの独立などライフステージの変化に合わせて、保障内容を見直すことで保険料を削減できる可能性があります。特に、複数の保険に加入している場合は保障内容の重複がないか確認し、代理店型からネット型への切り替えも検討する価値があります。 - 通信費
スマートフォンやインターネット回線のプランを、現在の利用状況に合わせて見直すだけでも、大きな節約につながることがあります。
変動費は無理なく、メリハリをつけて節約する
食費や交際費、趣味の費用といった変動費は、日々の努力が必要なためストレスが溜まりやすいです。無理な一律カットは長続きしません。趣味や習い事など、生活の質に関わる「こだわり支出」は維持しつつ、それ以外の部分に無駄がないかどうか考えて、クーポンやポイントなどを使って楽しみながら節約しましょう。

3.2 今すぐできる!日常の「食費」節約術
物価高の影響を最も強く感じやすい食費には、特に注意を払う必要があります。
- 賢い買い物の習慣
買い物に行く回数を減らすことは、食費節約に効果的です。
また、事前に買い物メモを作成し、計画的にまとめ買いやセールを活用することで、お得に買い物ができます。 - 日々の献立への工夫
冷蔵庫の残り物や、乾物、缶詰を上手に活用すれば、買い物に行かずに済む日を増やすことができます。50代の方々には、イオンなど一部の店舗が提供しているシニア向け割引サービスデーを活用するという選択肢もあります。
毎月15日は「G.G感謝デー」。55歳以上のお客さまがおトク! | 電子マネー WAON [ワオン] 公式サイト
第4章:インフレ時代を生き抜く「攻め」の資産形成戦略
家計の「守り」を固める一方で、預貯金の価値が目減りするインフレ時代においては、資産を増やすための「攻め」の戦略が不可欠です。
4.1 預貯金だけではもう限界。インフレに負けない投資の基本
現金や預貯金だけでは、物価上昇率が預金金利を上回る現状では、資産の実質的な価値は低下し続けます。インフレに強い資産として、株式、不動産や金などの実物資産、そして外貨建て資産が挙げられます。これらの資産は、物価上昇とともに価値が上昇する傾向があるため、インフレによる資産の目減りを抑制する効果が期待できます。
4.2 50代こそ徹底活用したい「iDeCo」と「新NISA」
インフレ対策として最も効果的な「護身術」が、税制優遇制度である「iDeCo」と「新NISA」です。
- iDeCo(イデコ)
60歳以降に年金として受け取る「じぶん年金」制度です。
特に50代の方にとって、強力なメリットがあります。2022年5月の法改正により、65歳まで拠出期間が延長され、利用しやすくなりました。最大のメリットは、掛金が全額所得控除となる強力な節税効果です。
例えば年収500万円の場合、年間約5万円もの税金が安くなります。これは、運用益の有無にかかわらず確実な利益となり、老後資金を準備しながら、目先の家計を助ける一石二鳥の手段です。 - 新NISA
「長期・積立・分散」という資産形成の王道手法を、得られた利益(分配金や売却益)に税金がかからずに実行できる、強力な制度です。

4.3 50代向けポートフォリオの考え方と具体例
50代の資産運用は、若い世代のように「大きく増やす」ことよりも、「これまでに築いた資産を大きく減らさない」ことを重視した安定志向へのシフトが重要です。これは、定年までの期間が短くなり、万が一の損失から回復する時間が限られているためです。自身の「リスク許容度」を再確認し、資産構成を見直すことも大切です。
投資銘柄の選び方では、「株式投資>投資信託>債券」の順でリスクとリターンが低くなるという基本的な原則を理解することが出発点となります。これまでの資産形成の状況を振り返り、リスクの高い株式の割合を徐々に減らし、債券型や元本保証型の商品、あるいは複数の資産に分散投資するバランス型投資信託に比重を移していく「スイッチング」を視野に入れるとよいでしょう。
以下に、50代の方向けにリスク許容度に応じたポートフォリオの考え方を具体的に示します。
リスク許容度 | 資産配分例 | 銘柄・商品例 |
守り重視型 | 預貯金:50% バランス型投資信託:50% | eMAXIS Slim バランス(8資産均等型)など |
バランス型 | 預貯金:30% 全世界株式インデックス:40% 債券型投資信託:30% | eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)など |
成長追求型 | 預貯金:20% 全世界株式インデックス:50% 日本株式インデックス:15% 米国株式インデックス:15% | eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)など |
投資は必ず余剰資金で行うことが大原則です。
生活費や不測の事態に備える現金はしっかりと確保した上で、無理のない範囲で資産運用を進めることが、リスク管理の基本となります。
結論:未来は自らの手で築く。今すぐの一歩を踏み出そう
物価上昇は、一過性のものではなく、構造的な要因によって今後も続く可能性が高いと見られています。これは、これまで当たり前だったデフレの時代が終わり、新たな経済環境に変わってきていることを示しています。
この変化は、特に賃金の伸び悩む50代の家計にとって大きな課題です。
しかし、未来への不安を抱えるだけで立ち止まる必要はありません。
ここで提示したように、マクロな経済動向に翻弄されるのではなく、自身の経済状況をコントロールし、備えることは十分に可能です。
今日から始める家計の「守り」の戦略(固定費の見直し)と、資産形成の「攻め」の戦略(iDeCoや新NISAを活用した投資)は、決して特別なことではありません。日々の小さな工夫と、焦らず、着実に資産を築いていく長期的な視点こそが、将来の安心な生活を築く大きな力となります。
「老後資金はあと1,000万円必要」といったシミュレーションは、あくまで現時点の試算です。インフレを考慮に入れた長期的な計画こそが、真の安心をもたらします。
今日この瞬間から、未来の自分自身と家族のために、小さな一歩を踏み出してみませんか?
参考文献
ロジャーノミクス - Wikipedia
インフレターゲット - Wikipedia
日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp)
No.409 物価目標はなぜ2%なのか (dbj.jp)
インフレターゲット | 公益財団法人 国際通貨研究所 (iima.or.jp)
ティモシー・テイラー 経済学入門