海岸には様々な生き物が住んでいますが、その中でも一番地味なのはクロイソカイメンです。
カイメンは浅いタイドプールに住んでいる生き物です。
その姿は、まるでプラスチックでつくられたような穴の開いた塊です。
私たちの目には動く様子が全く見られないので、生き物とは思えないかもしれませんが動物の仲間に分類されています。
クロイソカイメンは体の中に小さな「動く細胞」を持っていて、その細胞が食事や生殖などの活動をしています。その武骨な体つきからは想像がつかないほど繊細で、ちょっとでも汚染されている海水では生きていけません。
ここではクロイソカイメンの知られざる生態と最新の研究について解説します!
クロイソカイメンの特徴と生態
クロイソカイメンの分類はこちらです。
動物界
海綿動物門
六放海綿綱
イソカイメン科
クロイソカイメンは太平洋側では相模湾から有明海まで、日本海側では石川県から南の潮間帯でみられます。
体色は暗灰色から黒色をした不規則な塊状で樹皮状に広がります。
大きさは直径数十cm程度、表面はなめらかで直径1~10mmほどたくさんの穴が開いています。
1ミリ以下の小さな穴からは食べ物などを海水と一緒に吸い込みます。小さな穴から入った海水は体の中を通り抜けて濾過されて、10ミリくらいの煙突のような穴から吐き出されます。
小さな穴と大きな穴の間には襟細胞(えりさいぼう)と呼ばれる細胞が並んでいます。襟細胞は海水中の有機物を取り込むのが得意な細胞で海綿の食事を助けています。
プラスチックのように見えるクロイソカイメンの体の中ですが、炭酸カルシウムでつくられた先のとがった小さな骨(骨片)をもっています。この骨がクロイソカイメンの表面に網の目状に並び、魚などに簡単に食べらないように体を強化しています。
彼らは成長するにつれて、体が大きくなって形も複雑になっていきます。また、分裂によって増殖することもできます。
クロイソカイメンの共生生活
一般的に海綿の体は穴が開いているので、そこを住みかとして様々な生き物が海綿の体に住んで共生しています。
クロイソカイメンの体内にも、さまざまな種類の細菌や藻類が共生しています。これらの共生生物は、クロイソカイメンに栄養やエネルギーを与え、クロイソカイメンは共生生物に住み場所や保護を提供することで、お互いに利益をもたらしています。
クロイソカイメンと共生している共生生物としては、以下のようなものが挙げられます。
- バクテリア
クロイソカイメンの体内には、数千種類以上のバクテリアが共生しています。これらのバクテリアはクロイソカイメンの栄養摂取や代謝を助けています。またクロイソカイメンの免疫システムをサポートしたり、環境毒物からクロイソカイメンを守ったりする役割も担っています。
生物工学会誌 第96巻 第10号 バイオミディア (sbj.or.jp) - 藻類
クロイソカイメンの体内には数十種類以上の藻類が共生しています。これらの藻類はクロイソカイメンに光合成によって得られた栄養を与えています。またクロイソカイメンの体色や形を変化させる役割も担っています。
共 生 生 物 の バ イ オ フ.ロ ン テ ィ ア (jst.go.jp) - 原生動物
クロイソカイメンの体内には数十種類以上の原生動物が共生しています。これらの原生動物は、クロイソカイメンの体表に付着して、海水中の有機物を摂取しています。また、クロイソカイメンの体表を清潔に保つ役割も担っています。
海綿-共生微生物系の化学防御機構 (jsbba.or.jp)
クロイソカイメンと共生している共生生物は、クロイソカイメンの生存や繁殖に重要な役割を果たしています。
また、クロイソカイメンが小さな微生物の隠れ家や餌場を提供することで、一つの生態系をつくっています。
サンゴほどの華やかさはありませんが、この黒い海綿も海の多様性を守る生き物なのです。
クロイソカイメンからみつかった抗がん剤
クロイソカイメンからはエリブリン(商品名ハラヴェン)と呼ばれる抗がん剤が見つかっています。エリブリンとは、クロイソカイメンから単離された天然有機化合物ハリコンドリンBの合成誘導体です。
エリブリンは、細胞分裂の際に伸長する微小管の伸長を阻害する作用を持つことで、抗がん作用を発揮します。微小管は、細胞分裂において、染色体分離や細胞質分裂の役割を担う重要な構造です。エリブリンが微小管の伸長を阻害することで、染色体分離や細胞質分裂が正常に行われなくなり、細胞がアポトーシス(プログラム細胞死)を起こすようになります。
エリブリンは、2013年に米国で、アントラサイクリン系やタキサン系の抗がん剤を含む少なくとも2種類の抗がん剤による前治療歴のある転移性乳がんの治療薬として承認されました。その後、2016年には、日本でも同適応で承認されました。
エリブリンは、従来の抗がん剤に抵抗性を持つ乳がん細胞に対しても効果を発揮することが期待されています。また、他の抗がん剤との併用療法においても、効果を示すことが期待されています。
クロイソカイメンから見つかった抗がん剤は、エリブリンの他にもいくつかの化合物が研究されています。これらの化合物はエリブリンとは異なる作用機序を有しており、新たな抗がん剤の開発につながることが期待されています。
まとめ
クロイソカイメンの生態と私たちとのかかわりについて解説しました。
クロイソカイメンは汚染されていない海岸に住んでいます。
その体はマット状に岩にへばりついていて、ところどころに穴が開いています。
その穴から海水にある有機物を取り込んでいます。
穴の多い体を持っているのでその間にたくさんの小さな生き物と共生しています。
その共生している生き物やクロイソカイメン自身から人に役に立つ素材が見つかっています。
クロイソカイメンは汚染された海水では生活できません。
たくさんの可能性に満ちたこの静かな生き物が、人の手で絶滅しないよう見守っていきたいですね。
参考文献
磯の生き物図鑑 トンボ出版