あなたのお宅では家事の分担はどのようになっていますか?
最近では、性別に関係なく家事に参加している家庭も多いかと思います。
炊事、洗濯、掃除などの作業は、すこやかな健康を保つため必要な活動ですよね?
けれど「家事」という活動は世界的に見ても「労働」としての評価が低く、まだまだ女性がするものと考える人が多いのが現実です。
もし、家事のほとんどを女性がし続けていると、なにか家庭内に問題が起こったとき、女性の立場が悪くなって、女性は「問題を我慢する」しか方法がない状況に追い込まれてしまいます。
ここでは、そんな女性が抱える問題と、家事は社会全体を支える大切な経済活動であることを明らかにします。

家事は誰にでもできる?
毎日の生活を支える「家事」ですが、これほど大きな誤解を持っている作業は他にないのではないでしょうか?
家事に対する誤解の大きなものの一つに「誰でもできる簡単な作業」と考えている人が多いことが挙げられます。
家事には、外で働く仕事のように、目に見える成果や経済的な対価が伴いません。また毎日の生活に溶け込んでいて、終わりがなく、当たり前の作業と考えられてしまうのです。
けれど、例えば、夕飯を作ろうとして塩と砂糖を間違えていれてしまったら、見た目は全く変わらなくてもてびっくりするほど味が違ってしまいます。
また、洗濯表示を見ずに乾燥機にかけたら衣類が縮んでしまった。
ポケットを確認せずに選択したら、ティッシュが入っていて大変なことになる・・・
などなど、家事は一つ一つの作業を丁寧に行わなければなりません。
また、料理などは手順や材料を間違えてしまうと、せっかくの材料が無駄になってしまいます。
そして、炊事、洗濯、掃除、育児、介護など多くの作業を手際よくこなすには、優先順位をつけていかなければいけません。
見えない労働:家事労働と経済の現状
なぜ、家事は単純な作業であると考えられてしまうのでしょうか?
その大きな理由の一つに、経済活動の一つとして認識されていないということがあります。
これは、個人が家事を経済活動として考えていないということではありません。
家事は、日本だけではなく世界中で、家事労働を経済活動として計算していないのです。
そのため、市場での取引を基本とするGDP(国内総生産)にも、原則として家事労働は計上されません。このため、家事労働は国の経済統計上、「見えない労働」となり、その価値が十分に認識されない一因となっています。
GDPに計上されてはいませんが、日本でも家事は経済活動の一つとして評価しようとする動きは1981年から内閣府で始まっています。国民経済計算(SNA)とは別に、家事労働を含む無償労働の貨幣評価を定期的に試みています。
これは、「家計サテライト勘定」と呼ばれる枠組みで行われ、OC法、RC-S法、RC-G法といった異なる評価方法を用いて、その経済的な規模を推計しようとするものです。
例えば、2021年の推計では、OC法による家事活動の貨幣評価額は143.6兆円に達し、これは名目GDPの26.1%に相当する規模です。また、別の推計では、2021年の家事労働を賃金換算すると143兆円となり、名目GDPの3割弱を占めるという試算もあります。これらの数字は、公式な経済指標には表れないものの、家事労働が日本経済において無視できないほどの大きな価値を生み出していることを示唆しています。
家事が経済活動の一つをして見えにくくなっているという問題だけではなく、もう一つ問題があります。
それは、家事労働のな男女間の不均衡です。
2016年の貨幣評価額(OC法)を見ると、家事労働を担っているのは、女性が全体の80.3%を占めており、1人当たりの年間投入時間においても、男性が275時間であるのに対し、女性は1313時間と大きな差があります(2011年のデータ)。
2021年の賃金換算額でも、女性が77.5%を担っています。共働き世帯においても、依然として女性が家事の大部分を担っている現状が、複数の調査で明らかになっています。
このような状況を変えようと、海外でも、家事労働の経済的価値をより積極的に評価しようとする動きが見られます。
アメリカ合衆国商務省経済分析局(BEA)は、「家計生産サテライト勘定」を通じて、料理、掃除、育児といった無償労働の価値を推計しており、2020年にはその価値が5.3兆ドルに達し、調整後のGDPの20.3%に相当すると報告されています。
このような国際的な事例は、家事労働の評価が世界的な関心事であり、日本においてもより一層参考にすべき点があることを示唆しています。
国民経済計算 - Wikipedia
サテライト勘定 : 経済社会総合研究所 - 内閣府
米国経済分析局(BEA)

「単純作業」ではない:家事の複雑さと専門性
家事労働は、一見すると単純な作業の繰り返しのように見えますが、実際には多岐にわたるスキル、時間、そして労力を必要とします。
料理一つをとっても、栄養バランスを考慮した献立の作成、食材の買い出し、調理、後片付けまで、多くの工程が含まれます。家族の好みや健康状態に合わせた料理を作るには、知識と経験が不可欠です。
洗濯は、衣類の分別、洗濯、乾燥、アイロンがけ、そして収納といった段階があり、素材や汚れの種類に応じた適切な方法を選ぶ必要があります。
もちろん掃除も同じです。部屋の種類や汚れ具合に合わせて、様々な道具や洗剤を使い分け、効率的に作業を進めるための計画性と体力が必要です。
また育児は、単に子供の世話をするだけではありません。成長段階に応じた教育、遊び、そして精神的なサポートが求められる、非常に専門性の高い労働です。子供の安全を守りながら、心身の発達を促すためには、 絶え間なく注意と深い愛情が不可欠です。
高齢者や病人の介護も、身体的な介助だけでなく、精神的なケアや見守りが必要となる、専門的な知識と技術が求められる労働です。
さらに家事の中には、家計の管理、日用品の購入、住宅の維持管理、地域社会との連携など、家事には計画性、組織力、そしてコミュニケーション能力が求められる側面も多く存在します。
これらの作業を効率的に行うためには、常に状況を把握し、臨機応変に対応する能力が必要です。
また、特に育児や介護においては、精神的な負担や感情の管理といった、目に見えにくい「感情労働」も大きな比重を占めます。
このように、家事労働は決して「誰にでもできる単純な作業」ではなく、多様なスキルと専門性、そして多大な時間と労力を必要とする、複雑な労働であると言えます。

経済への貢献:家事労働の隠れた価値
家事労働は、直接的に市場で取引されるわけではありませんが、経済全体にとって非常に重要な貢献を果たしています。
その最も分かりやすいのは、誰かが家事労働をすることによって他の家族が、有償労働することを可能にしている点です。
例えば、一方のパートナーが家事や育児をすることで、もう一方のパートナーは安心して仕事に集中し、収入を得ることができます。特に、男女間の賃金格差が存在する場合、機会費用の少ない方が家事・育児を担うことが経済的に合理的となるため、多くの場合、女性がその役割を担っています。
このように、家事労働は、社会全体の労働力を維持し、経済活動を円滑に進めるための基盤となっています。
また、家事労働は「家庭内生産」という側面も持っています。
家庭内で食事を準備したり、衣類を洗濯したり、住環境を整えたりすることは、市場でこれらのサービスを購入する代わりに、家庭の資源(時間、労力、設備)を用いて財やサービスを生産していると捉えられます。
例えば、炊事を考えてみましょう。
スーパーで購入した野菜や肉、調味料などを家庭で調理して食事を作る行為は、野菜や肉などをもっとおいしく食べやすくしたという、付加価値を生み出した生産活動と言えます。
このように、家事労働は、家計の支出を抑え、実質的な所得を高める効果があると考えられます。
さらに、もし家事労働を外部のサービスに代替した場合、その費用は莫大なものになります。清掃、洗濯、料理、育児、介護といったサービスを全て外部に委託すると、相当な経済的負担が生じます。
内閣府の試算によると、無償の家事労働を金額換算すると143兆円に達するとされており、これは、もしこれらの労働が全て有償サービスに置き換えられた場合のコストを示唆しています。
このように考えると、無償で行われている家事労働は、社会全体の経済的な負担を軽減する役割も果たしていると言えるでしょう。
ジェンダー格差:女性が経済的に不利になる現実
けれど、家事労働が経済的に正当に評価されないことは、特に女性にとって経済的な不利に繋がっています。
女性は、依然として家事労働の大部分を担う傾向があるため、有償労働に従事できる時間や機会が限られ、結果として男性との間に賃金格差が生じやすくなります。また、キャリア形成においても、家事や育児による中断が不利に働くことがあります。
さらに、離婚や死別といった状況において、家事労働の貢献が適切に評価されない場合、女性の経済的な脆弱性がはっきりと現れてしまいます。
例えば、離婚時の財産分与では、有償労働による収入が主な考慮事項となり、長年にわたる家事労働の貢献が見過ごされることがあります。中国の事例では、離婚訴訟において、夫が妻の家事労働に対して補償金を支払うよう命じられたケースもあり、このような問題に対する世界的な意識の高まりが見られます。
年金制度や社会保障においても、家事労働に従事していた期間は、一般的に有償労働期間としてカウントされないため、将来的な収入保障が不十分になる可能性があります。
一部の福祉国家では、育児期間中の年金保険料を国が負担するなどの措置が取られていますが、日本ではまだ十分とは言えません。このように、家事労働の評価不足は、女性の生涯にわたる経済的な安定を脅かす要因となり得るのです。

正当な評価に向けて:家事労働に光を当てるには
家事労働に正当な評価を与えるためには、どうしたらよいでしょうか?
ここでは個人レベルと社会レベルの両面から考えてみましょう。
個人レベルでできることとしては、まず、家庭内で誰がどれだけの家事を担っているのかを可視化することが大切です。家事にかかる時間や労力を記録することで、それぞれの負担を具体的に把握し、認識を共有することができます。
また、日々の家事労働に対して感謝の気持ちを伝え合うことも、その価値を認め合う上で大切です。性別に関わらず、家事の分担についてオープンに話し合い、より公平で納得できる役割分担を目指していきます。
例えば、家庭を一つの企業と見立てて、収入を得ることのできる仕事と無償の家事を同等に扱って、ときどき「経営会議」のように名付けけた話し合いの場で、家事の分担について思うところを言い合う機会を作るのも良いでしょう。
社会レベルで取り組むべきこととしては、まず、政策レベルでの見直しが必要です。家事労働をGDPに含める、あるいはより詳細なサテライト勘定を作成するなど、経済指標におけるその価値を認識する取り組みを進めるべきです。
また、年金制度や社会保障制度においても、育児や介護といった無償労働に従事した期間を考慮し、より公平な給付となるよう制度を見直す必要があります。
さらに、社会全体の意識改革も不可欠です。
家事労働は女性だけが担うべきという性別役割分担の意識を改め、男性も積極的に家事に参加する社会を目指すべきです。
そのためには、メディアや教育を通じて、家事労働の重要性や価値を啓発する活動を推進する必要があります。
また、共働き家庭やシングルペアレント家庭など、家事の負担が大きい家庭に対して、家事支援サービスの利用を促進するための政府による支援やインセンティブの導入も検討されるべきでしょう。OECD諸国では、家事サービスの利用に対する税制優遇措置や社会バウチャーの提供などを通じて、家事の外部化を促進する政策が実施されています。

価値を測る試み:家事労働の定量的な評価
家事が正当な評価を受けるためには、何らかの方法で数字で表すことができれば、多くの人が理解しやすいです。
そのため、家事労働の価値を定量的に評価する試みが、様々な方法で行われています。
代表的なものとしては、代替コスト法と機会費用法があります 。
代替コスト法は、もし家事労働を外部の専門業者に依頼した場合、どれくらいの費用がかかるかを推計する方法です。
例えば、掃除、洗濯、料理、育児、介護といった個々の作業を、それぞれ専門の業者に依頼した場合の市場価格を合計することで、家事労働全体の価値を算出します。
もう一つの方法として、機会費用法があります。
機会費用法とは、家事労働している人が、もし有償労働に従事していたとしたら得られたであろう収入を推計する方法です。この方法では、家事労働者の潜在的な賃金水準を基に、その労働時間の価値を評価します。
これらの方法を用いて、日本を含む様々な国で家事労働の経済的価値が試算されています。下表は、いくつかの国における家事労働の評価額をまとめたものです。
国 | 年 | 評価方法 | 推定価値(対GDP比または金額) | 出典 |
日本 | 2016 | OC法、RC-S法、RC-G法 | 138.5兆円(OC法、GDPの25.7%) | 無償労働関係 : 経済社会総合研究所 - 内閣府 |
日本 | 2021 | 賃金換算 | 143兆円(GDPの約30%) | 内閣府男女共同参画局 |
アメリカ | 2020 | 市場価値 | 5.3兆ドル(調整後GDPの20.3%) | Census.gov | U.S. Census Bureau Homepage |
世界 | 2018 | 最低賃金 | 11兆ドル(世界GDPの9%) | https://www.undp.org/latin-america/blog/missing-piece-valuing-womens-unrecognized-contribution-economy |
オーストラリア | 1992 | インプットベース | 週あたり287百万時間 | https://aifs.gov.au/research/family-matters/no-37/value-care-and-nurture-provided-unpaid-household-work |
オーストリア | 2018 | オンラインプラットフォーム賃金 | GDPの約22% | https://www.oeconomus.hu/en/fooldal/ |
ハンガリー | 2010 | 市場価値 | 6.836兆フォリント(GDPの25%) | https://www.oecd.org/en.html |
インド | N/A | 機会費用法、代替コスト法 | GDPの30%以上 | https://sprf.in/wages-for-housework-recognition-of-womens-work-or-a-policy-shortcut/ |
これらの試算は、家事労働が経済において無視できないほど大きな価値を持っていることを示しています。
しかし、家事労働は市場で取引されない活動であり、その評価には主観的な要素も含まれるため、定量的な評価には限界があることも認識しておく必要があります。
それでも、このような定量的な評価を試みることは、家事労働の重要性を社会に認識させる上で重要な意味を持っています。
家事労働への新たな視点と行動
家事労働が経済活動として認められていない現状、その背景にある誤解、そして正当な評価を与えるための方法について考察してきました。家事労働は決して「誰にでもできる単純な作業」ではなく、多様なスキルと多大な労力を必要とする、社会を支える不可欠な労働です。その経済的な価値は決して小さくありませんが、現状では十分に認識されておらず、特に女性の経済的な脆弱性を招く要因となっています。
家事労働への正当な評価を実現するためには、個人の意識改革、家庭内での協力体制の構築、そして社会全体の制度や意識の見直しが必要です。家事労働の価値を可視化し、感謝の気持ちを伝え合い、性別に関わらず家事を分担する努力が、個人レベルで求められます。社会レベルでは、家事労働を経済指標に反映させるための政策的な取り組みや、性別役割分担意識を解消するための啓発活動が重要です。
家事労働に正当な評価を与えることは、ジェンダー平等の実現に不可欠ですし、それは社会全体の幸福度向上にも繋がります。
私たちの「家事」は、日々の生活を支えるだけでなく、愛情や思いやりといった、人間にとってかけがえのない価値を生み出す源泉でもあります。その温かい光が、社会全体を明るく照らすことを願って、今日、改めて家事の持つ深い意味と価値を感じていただけたら幸いです。

参考文献
家事労働ハラスメント 竹信美恵子
経済学入門 ティモシー・テイラー
家事活動等の評価について : 経済社会総合研究所 - 内閣府 (cao.go.jp)
内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)
全国家庭動向調査|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
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