ぽれぽれ経済学

ケインズの考え方

ケインズの考え方

前回は「セイの法則」ついて解説しました。
セイは「供給を増やすこと」が経済の安定には必要だと考えました。

ここでは、それとは全く逆の「需要を増やすこと」が供給を生む、というケインズの考え方について解説していきます。

供給も需要もどちらだってたいして変わりはしないし、私たちの生活に関係がない。経済学者だか何だか知らないけれど、勝手に言い合っていればいい。と考える方もいらっしゃるかもしれません。

けれど、経済の理論は私たちの生活に大きな影響を及ぼします。
例えば、税金や社会保障費、まとまったお金を借りたいときの金利やローンについては、自分のいる国がどんな政策をとっているかによって人生が大きく変わってしまいます。

私たちの生活は経済を無視してはなりたちません。また、お金の絡むとことにはトラブルも起こりがちです。そのようなトラブルに巻き込まれないために、住み心地のいい場所をつくるためにも経済学の知識は必ず役に立ちます。

経済学は、商売でモノを売ったり、買ったりすることだけではなく、人々がそれによってどんな行動をするのかもその範囲に入っているため、大きくつかみどころがありません。
それでも、そのつかみどころのないものを何とかつかんでみようと、多くの学者が挑んできました。

そんな経済論理を一緒に見ていきましょう。

ここではセイの法則を批判したケインズの論理について解説します。

供給が先か需要が先か、それが問題だ

まず前回のセイの法則を簡単におさらいしましょう。
「セイの法則」とは、18世紀末から19世紀初めのフランスの経済学者ジャン=バティスト・セイによって提唱された経済学の法則です。

セイは「供給があるから需要が生まれる」と考えて、市場を自然に任すのではなく供給に力を入れたほうが良いと考え方ました。
つまり、いくつかの理想的な条件を満たしていれば、市場に供給された商品は必ず何らかの形で需要(消費)されるので、経済全体として供給過剰は起こらず、供給と需要は常に一致するとセイは考えたのでした。

例えば、技術革新による新商品などは私たちがまったく予想もしていなかった商品を供給した企業があったからこそ、需要が生まれたように、供給がなければ需要は生まれないということは間違ってはいません。
ただ、セイの法則が働くためには多くの前提条件が必要なため、現実から大きく離れた法則になっていて、セイの法則は多くの問題を抱えていました。

セイの法則への批判

それに対して、ケインズはセイの法則に真っ向から対立する論理を打ち立てました。それが「需要が供給を生む」といった法則です。
ケインズは大恐慌のさなかに「雇用・利子および貨幣の一般理論」という著作を書きあげました。

ケインズは、世界で起こる大恐慌の原因は、セイの法則の言う「供給が減らされた」ことではなく、需要の落ち込みが不況を引き起こしていると考えます。経済全体で需要が低下すると、モノが売れません。企業は生産に消極的になるため、不況から脱出するためには需要を増やすことが必要なのだとケインズは主張しました。

ケインズの主張は次の3つです。

  • 貯蓄と投資の不一致
    セイの法則ではすべての人が貯蓄をしないことが条件になっています。これは現実とはまったくかけ離れています。
    人々はお金が手に入ると、なにかの購入資金にしたり、投資したりすることもありますが、貯金(貯蓄)することもあります。
    セイの法則はお金が貯蓄に回ってしまうと、法則の効果がなくなります。なので供給を増やしたとしても消費されず供給の過剰が発生します。
  • 有効需要
    ケインズは、経済全体の需要は、消費と投資だけでなく、政府財政出動も含めた「有効需要」によって決定されると考えました。有効需要が不足すると、企業は生産を減らし、失業が発生します。
  • 短期と長期
    ケインズは、セイの法則は長期的な均衡状態においてのみ成立すると主張しました。短期においては、有効需要不足によって供給過剰が発生し、経済は不況に陥る可能性があります。

しかし、ケインズの「需要を増やす」という考えにも限界があります。
政府が支出を増やして、税金を減らせば世の中の総需要が増えて経済が一気に拡大するかもしれません、けれど実際には供給できる量には限界があります。減税で需要を増やすことが出来たとしても、生産力の上限を超えることはできません。

有効需要とはなんですか?

ここで分かりずらい経済学用語の「有効需要」について確認しておきましょう。

有効需要とは英語で「Effective demand」といって日本語では「効果的な需要」、つまり需要には効果のあるものとないものがあるということを暗に表しています。
ある人が「欲しいな」と思っている商品があるとして、それに対して支払い能力があって、実際に購入することが「有効需要」になります。つまり、有効需要とは「実際に購入され、経済活動に貢献する需要」のことを指しています。

有効需要の3つの条件

  1. 購買力
    商品を購入するだけの十分な資金を持っていること
  2. 購買意欲
    商品を実際に購入したいという気持ちを持っていること
  3. 購買行動
    実際に商品を購入すること

これらの条件を全て満たす場合のみ、有効需要としてカウントされます。

支払い能力と有効需要

支払い能力は有効需要の必要条件ではありますが、十分条件ではありません
例えば、以下のような場合は有効需要とはなりません。

  • 商品を購入するだけの資金を持っているが、別の商品を購入することを選択した場合
  • 商品を購入するだけの資金を持っているが、将来への不安から購入を控えている場合
  • 商品を購入するだけの資金を持っているが、商品の品質や価格に満足できず、購入を見送った場合

有効需要の重要性
有効需要は、企業の生産活動や投資活動、経済全体の成長に大きく影響します。有効需要が増加すれば、企業はより多くの商品を生産し、雇用を創出することができます。

ケインズは1930年代に活躍しましたが、その時代は各国が大恐慌に見舞われていました。過剰な供給に合う需要がないから大恐慌が起きた、と考えたケインズは、足りない需要は政府が財政出動して有効需要を創出すればいいと考えます。

つまり、政府は公共事業や社会保障制度などの支出して需要を増やすことが出来ます。政府が財政出動を行えば、民間経済の需要を補って、景気回復を促す効果があります。ただしこれにはいくつかの限界もありました。

ケインズの限界

ケインズの、需要を増加させ経済回復させるという考えは、短期的な景気対策として有効ですが、長期的な経済成長には必ずしも繋がるとは限りません。ケインズの理論には次にあげる5つの限界があることが分かってきました。

1. 限界消費性向の逓減
人々の所得が増えると、消費に回す割合は次第に小さくなります。
これは「限界消費性向の逓減」と呼ばれる経済学の法則の一つですが、要するに需要を増加させようとした政策の効果は、所得に応じて変化するということです。
効果の高いのは、所得水準が低い人々、そして効果が薄いのは所得水準の高い人たちである、ということです。

例:

  • 低所得者層への給付金:生活必需品への支出が中心となり、経済全体の需要増加効果が比較的大きい。
  • 高所得者層への減税:貯蓄や投資に回る割合が高くなり、経済全体の需要増加効果が比較的小さい。

2. クラウディング・アウト
政府が財政出動を行う場合、民間部門の資金調達を圧迫する可能性があります。
これは「クラウディング・アウト」と呼ばれる現象です。
金利上昇や資金調達コスト増加を通じて、民間投資や消費を抑制し、経済全体の成長を阻害するリスクがあります。

例:

  • 大規模な公共事業投資:政府が巨額の資金調達を行うことで、金利が上昇し、民間企業の投資活動が抑制される。
  • 財政赤字の拡大:将来の増税懸念から、民間投資や消費が抑制される。

3. インフレの加速
需要増加政策は、物価上昇を招く可能性があります。
特に、生産能力が限界に達している状況下で需要を増加させると、供給不足によるインフレが加速するリスクがあります。

例:

  • 景気回復期における財政出動:旺盛な需要に対して供給が追い付かず、物価が上昇する。
  • 金融緩和政策:過剰な資金供給によって、資産価格や物価のバブルが発生する。

4. 構造問題への対応
需要増加政策は、短期的には有効な景気対策ですが、経済全体の構造問題を解決するものではありません。
労働市場の硬直性や技術革新の停滞などの構造問題を解決するためには、規制緩和や教育投資など、長期的な視点に立った政策が必要となります。

例:

  • 高齢化社会における労働力不足:需要増加政策だけでは解決できない問題であり、労働参加率の向上や生産性の向上が求められる。
  • 国際競争力の低下:技術革新や人材育成への投資など、構造的な競争力強化策が必要となる。

5. 財政規律の維持
財政出動を過度に依存すると赤字が増え、将来世代への負担が増大する可能性があります。
持続可能な経済成長を実現するためには、財政の健全性を維持しながら、効率的な財政政策を行うことが重要です。

例:

  • 財政赤字の累積:将来の増税や財政破綻のリスクを高める。
  • 政府債務の増加:将来世代への負担を増加させる。

ケインズ需要増加は、短期的な景気対策として有効な手段ですが、いくつかの限界もあります。

現在では長期的な経済成長を実現するためには、需要増加政策と構造改革を組み合わせた、包括的な経済政策が必要と考えられています。

ケインズ経済学の影響

ケインズの理論は経済学に大きな影響を与えました。
それまでのアダム・スミスやマルサスに続く古典派経済学は、市場メカニズムによって経済は自動的に均衡状態に達すると考えていました。しかし、ケインズ経済学は、政府による積極的な財政政策が必要であると考えたところに大きな新しさがありました。

ケインズ経済学は、1930年代の世界恐慌の克服に大きく貢献します。
その後も第二次世界大戦後の経済成長や、1970年代のオイルショック後の景気回復などに重要な役割を果たします。

セイの主張を批判したケインズですが、現在では、セイの法則は完全には否定されていません。
しかしその有効性は限定的であると考えられています。ケインズ経済学の理論に基づき、政府による財政政策が経済安定化に有効であるという認識が一般的になっています。

一方で、新古典派経済学(マーシャルやハイエク、フリードマン)では、セイの法則は長期的な均衡状態において成立すると考えられています。市場メカニズムが十分に機能すれば、供給過剰は解消され、経済は完全雇用状態に達すると主張されています。

これらセイとケインズの2つの立場をうまく組み合わせて考えることはできないでしょうか?

この2つの理論を「長期」「短期」といった時間軸で分けてとらえる経済学者が今では主流となっています。

次回はセイとケインズの論理から得られた新しい考え方について見ていきます。

まとめ

ケインズの論理について解説しました。
セイの法則を学んだケインズは世界恐慌の真っただ中にいました。
ケインズはセイの言う「供給が減っているか不況になる」という考え方を否定しました。ケインズは供給量は不況でも変わらない、需要こそが経済の立て直しには必要なのだと主張します。

しかしケインズの「需要を増やすこと」も限界があって簡単に増やすことのできないものでした。

  • 所得に違いによって需要となる場合と、貯蓄に回ってしまう場合がある
  • 政府が借金をして公共事業を増やしたとしても、民間企業の経営を圧迫する可能性がある
  • 政府がお金を刷りすぎて、市中にお金が出回ればモノの値段が上がってしまうインフレが起こる可能性が高くなる

その場かぎりではない、国の先を見通して構造改革、規制緩和、人材の再教育などの包括的な経済対策が必要なのです。

参考文献

ティモシー・テイラー 経済学入門
めちゃめちゃわかるよ! 経済学 坪井賢一
経済学レシピ ハジュン・チャン 東洋経済新報社
ジョン・メイナード・ケインズ - Wikipedia

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