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ビルトイン・スタビライザー

ビルトイン・スタビライザー

なにかと批判の絶えない政府の景気対策ですが、実は政府が積極的に対策を行わなくても自動的に景気が調整されるしくみがあります。

つまり、景気が悪くなると自動的に総需要を増やす方向にはたらき、景気が良くなると総需要を減らす方向に働くようなしくみです。これは「ビルトイン・スタビライザー(自動安定化装置)」と呼ばれるものです。

ここでは積極的に法律を改正するような派手さはありませんが、確実に行われる景気対策「ビルトイン・スタビライザー」について詳しく解説します。

ビルトイン・スタビライザーとは?

ビルトイン・スタビライザー(Built-in stabilizer)とは、景気変動を自動的に抑制・調整する財政制度のことです。
わざわざ政府が税制を変更しなくても、景気が政府の財政収支が自動的に変化し、それが景気安定をもたらしてくれます。

  • 景気拡大している時
    景気が拡大しているときに心配なのはインフレです。人々の給料が上がらないのに、モノの値段が上がり生活が厳しくなる社会は避けなければいけません。
    このようなとき政府がとる対策の一つが、税金を上げることです。税金を上げて人々が使えるお金を減らしてしまうことがインフレ対策には有効です。

    景気が過熱してくると税のルールによって、新たに税制を変えなくても自動的に税金が増えるようになっています。

    そのルールとは、所得が高くなると支払う税金が多くなるしくみのことです。
    あのルールは、高所得者はずるいのでたくさん税金をとっておこう、ということではなくて(それもあるかもしれませんが)、景気が良くなって多くの人の所得が増えた場合(それは個人的にはうれしいことなのですが何事も行き過ぎるとしっぺ返しが来るので)景気の過熱を抑えるために税金を増加させ景気の過熱を抑制することができます。
  • 景気後退期
    逆に景気が悪くなったときは、税金を下げて人々にもっとお金を使ってもらうことが有効な対策になります。

    景気が後退してきたとき、わざわざ税制を変えなくても人々の収入が減れば、自然と納める税金は少ないので自動的に税金は減ります。そして社会保障給付などの支出が増加します。
    今度はこれが景気刺激策となり、景気回復を促進する方向に働きます。

ビルトイン・スタビライザーは自動的に景気を調整する仕組みです。
これとは反対に政府が状況判断して政策を実行する場合は「裁量的な財政政策」や「積極的な財政政策」または「デマンドマネジメント」などと呼ばれています。

ビルトイン・スタビライザーは、あらかじめ税制のルールに組み込まれている対策のため、より早く景気の安定効果を得ることが出来るため多くの国で採用されています。

ビルトイン・スタビライザーの具体的な例

  • 累進課税
    所得が高いほど税率が高くなる累進課税制度は、景気拡大期には政府の税収を増加させ、景気過熱を抑制する効果があります。逆に、景気後退期には税収が減少することで、家計の負担を軽減し、景気回復を促進する効果があります。
  • 社会保障制度
    失業保険や生活保護などの社会保障制度は、景気後退期に失業した人々を支え、生活水準の低下を防ぐ効果があります。
  • 政府支出
    政府が公共事業や教育などに支出する金額は、景気によってある程度自動的に変化します。景気後退期には政府支出が増加し、景気刺激策となります。

ビルトイン・スタビライザーと社会保障

社会保障費がビルトイン・スタビライザー(自動財政策)として働くというのはちょっと分かりにくいかもしれません。
社会保障費として支払いが増えることが、なぜ政策といえるのでしょうか?

好景気の時は、高所得者から税金として徴収することが景気の安定をもたらす方法でした。景気が良ければ生活保護や失業手当を必要とする人は少なく社会保障費が減っていきます。
逆に、景気が悪くなってきたときは失業者や貧困層が増え社会保障費の支出が増えます。この支出が総需要に貢献し景気を刺激させることができるのです。

つまり、不景気の時は低所得者を中心とした困窮層への経済的な打撃を緩和することで、経済全体の安定化を目指すのです。
具体的には、次にあげる4つのメカニズムが働きます。

  • 自動的な所得再分配
    社会保障制度は、所得の高い層から低い層への自動的な所得を再配分します。
    景気後退時には、高所得者の収入減少にともなって、社会保険料全体の収入も減少します。
    けれど、失業者や低所得者向けの社会保障給付は増加する傾向にあります。
    この結果、所得格差が縮小し、低所得層の購買力低下を抑制する効果が生まれます。

    例えば、雇用保険制度では失業した労働者に失業給付が支給されます。
    これは、失業による収入減少を補い生活を安定させるためのセーフティネットとして機能します。
  • 消費の維持・拡大
    低所得者層は、収入の大部分を消費に回すため、彼らの購買力維持は、景気回復にとって重要です。
    社会保障給付は、低所得者層の消費を支える重要な役割を果たします。
    特に、医療費や介護費などの生活必需品にかかる支出を軽減することで、低所得者層の生活を安定させ、消費活動を下支えします。
    例えば、生活保護制度では生活困窮者に対して、食費や住居費、医療費などの生活費を支給します。
    これは、生活困窮者による最低限の生活必需品の購入を可能にし、経済全体の需要を下支えする効果があります。
  • 経済活動へのインセンティブ付与
    社会保障制度は、病気や失業、老後などのリスクに対して備えるためのセーフティネットを提供することで、国民が安心して経済活動に参加できる環境を作り出します。
    例えば、国民年金制度は老後の生活資金を準備するための制度です。
    老後の生活が保障されていることで、国民は安心して働いたり、起業したりすることができます。
  • 財政支出の増加
    景気後退時には、政府は社会保障制度を通じて、財政支出を増加させます。
    これは、公共事業への投資と同様に景気刺激効果をもたらします。
    例えば、公共事業では道路や橋などのインフラ整備を行うことで、雇用創出や経済活性化を図ります。

このように、社会保障制度は不況時に自動的な所得再分配、消費の維持・拡大、経済活動へのインセンティブ付与、財政支出の増加という4つのメカニズムを通じて、経済全体の安定化に寄与するビルトイン・スタビライザーとして機能します。

ただし、社会保障制度の持続可能性を確保するためには、景気回復時には財政支出を抑制するなど、適切な財政運営が必要となります。

ビルトイン・スタビライザーのメリットとデメリット

政府の自動的な財政政策(ビルトイン・スタビライザー)にはどんなメリットとデメリットがあるのでしょうか?

メリット

  • 迅速な対応 
    制度さえできていれば自動で経済状況の変化に迅速に対応できるため、景気後退やインフレなどの問題を迅速に解決することができます。
  • 透明性
    政策ルールが事前に定められているため、政策の透明性が高く、国民や企業が経済状況を予測しやすくなります。
  • 政治的バイアスの排除
    政治的圧力から影響を受けずに、客観的な経済指標に基づいて政策が決定されるため、政治的バイアスの影響を受けにくいというメリットがあります。
  • 財政規律の強化
    自動的な財政規律ルールを設けることで、政府の財政出動を抑制し、財政赤字や債務の累積を防ぐことができます。

デメリット

  • 経済状況の誤判断
    経済指標が必ずしも経済状況を正確に反映しているわけではないため、誤った判断に基づいて政策が進んでいく可能性があります。
  • 根本的な問題解決にならない
    景気悪化の原因はその時々で違います。自動的な財政政策は人々に与える影響をいくらか和らげることが出来ますが、根本的な解決にはなりませんし、その原因への対策にもなりません。
  • 政治的責任の希薄化
    政治家が財政政策の決定に関与していないため、政策の失敗に対する政治的責任が希薄化してしまう可能性があります。
  • 技術的な複雑さ
    自動的な財政政策を設計し、実行するには高度な技術が必要であり、コストがかさむ可能性があります。
  • 政治との相性の悪さ
    一番大きな問題として政治との相性の悪さがあります。つまり景気の良いときに財布のひもを締め、景気の悪い時には気前良くお金を使う。という政策が人々の感情として相容れないものになるからです。
    景気が良くて政府にお金がたくさん入っているときに、お金を使わずに黒字をなるべく多くして、支出を削って増税しましょう。逆に景気が悪い時にどんどんお金を使いましょう、政府は税収以上のお金を使うのです。といったら不況にあえぐ市民はどう感じるでしょうか?

政府の自動的な財政政策(ビルトイン・スタビライザー)には、迅速な対応、透明性、政治的バイアスの排除、財政規律の強化などのメリットがありますが、経済状況の誤判断、根本的な解決にならないこと、政治的責任の希薄化、技術的な複雑、政治との相性の悪さなどのデメリットがあります。

もちろん実際の政策では自動的に景気の安定化を図るだけではなく、積極的な政府の政策も組み合わせて使用されます。

各国のビルトイン・スタビライザー

厳密な意味で「自動的な財政政策をしていない国」は存在しません。全ての国は、ある程度は財政政策を講じています。

自動安定化機能の大きさは、国の経済規模や財政制度によって異なります。一般的に北欧諸国や欧州大陸諸国では自動安定化機能が大きく、アメリカや日本などの国では比較的小さい傾向があります。

近年では、財政規律の強化や景気循環への柔軟な対応などを理由に、自動安定化機能を縮小する国もあります。

自動安定化機能が小さいとされる国の代表としてアメリカと日本があります。

  • アメリカ 
    2017年に制定された税制改革法により、法人税率が大幅に引き下げられた結果財政赤字が拡大した結果、自動安定化機能が縮小。
  • 日本
    2014年に消費税率が8%に引き上げられたことで政府の歳入が増加しましたが、同時に景気減速懸念も高まり自動安定化機能が縮小。

一方、自動安定化機能が大きいとされる国としてはドイツ、スウェーデンがあります。

  • ドイツ
    憲法に財政規律に関する基本法が定められており、歳出と歳入の均衡を義務付けています。
    また、景気後退時には景気刺激策を講じることが可能ですが、財政赤字が一定の水準を超えると自動的に歳出削減措置が発動される仕組みになっています。
  • スウェーデン
    政府は、景気変動に応じて財政支出を自動的に調整する「予算枠」と呼ばれる制度を導入しています。
    予算枠は、政府の歳出と歳入の最大限度を定めたものであり、景気後退時には歳出枠を拡大することで景気を刺激し、景気拡大時には歳出枠を縮小することで財政赤字を抑制することができます。

このように、全ての国は財政政策を講じていますが、自動安定化機能の大きさは国によって異なります。近年では、財政規律の強化や景気循環への柔軟な対応などを理由に、自動安定化機能を縮小する国も増えています。

自動的な財政政策の有効性は、政策の設計と運用に大きく依存します。高度に専門的知識が必要なこの制度の組み立てについては、まだ発展途上の分野です。

近年では、人工知能などの技術を活用した、より高度な自動的な財政政策の開発も進められています。

それでも、まだまだ発展途上の分野であり、今後もさらなる研究が必要な分野になっています。

まとめ

政府の自動的な財政政策(ビルトイン・スタビライザー)について解説しました。

政府が行う財政政策には積極的に政府が政策案を立てる「裁量的な財政政策」と、あらかじめ税制などにルールとして組み込んでいく「自動的な財政政策」があります。

「自動的な財政政策(ビルトイン・スタビライザー)」とは、景気が良いときはインフレを抑えるため、所得の高い人から税金を多くとるようなルールを作ることによって、景気を安定化させることが出来ます。
逆に景気の悪い時には低所得者に向けて社会保障費を充実させることで、景気のさらなる悪化を防ぎます。

「自動的な財政政策」のメリットは、政策そのものがルールに組み込まれているので、政策実行は自動で行われ、時間はかからず迅速に対応できます。また、ルールが明確に決まっているため分かりやすく状況を判断しやすいことや、政治家の圧力を受けにくいメリットがあります。

しかし、デメリットも多く、経済指標が必ずしも経済状況を正しく判断したものではない可能性があること、根本的な原因に基づいた対策でないため効果が限定的なことや、そもそもルール作りが難しいこと、そして景気の良いときに財布のひもを締め、悪い時に財布を緩めるという考え方自身が、一般的な心情を考えると難しいことが挙げられます。
自動的な政策のルール作りはまだまだ発展の途上にあり、これといった正解がまだありません。最近ではAIを使ったより高度な政策の開発も進められ、これからのさらなる研究が期待されている分野です。

「自動的な財政政策」と「積極的な財政政策」は、車の二つの車輪に例えることができます。
どちらか一方だけが機能しても車は前に進みません。経済状況を的確に判断し、状況に応じて二つの政策を適切に組み合わせることで、経済を安定かつ持続的に成長させることができます。

財政赤字と債務残高の増加や、政策効果の不確実性、国・地域間の政策協調など、様々な課題が議論されています。これらの課題を克服し、二つの車輪のバランスを最適化することが、今後の財政政策の重要なテーマとなるでしょう。

参考文献

ティモシー・テイラー 経済学入門
日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp)
ビルト・イン・スタビライザー - Wikipedia

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